しゃりじんや

シャリ陣屋

北海道斜里郡

別名 : 津軽藩シャリ陣屋
旧国名 : 蝦夷

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津軽藩シャリ陣屋
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みんなの口コミ

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todo94

北海道のチャシ・陣屋めぐり⑤の2 (2026/08/09 訪問)

入館料300円の知床博物館ですが、隣接する姉妹町友好都市交流記念館にも入館できます。津軽藩との縁で弘前市と姉妹都市というのはわかりますが、何と弘前ねぷたを伝授してもらって斜里町の行事として根付かせてしまったというのです。既に40年を超える歴史を有しています。そういえば、道の駅しゃりにもねぷたの展示がありました。交流記念館にはねぷたの収蔵庫迄あってこれも見学することができます。肝腎の陣屋は史跡碑と説明板が建つのみで遺構はないようですが、幕末の蝦夷地の守りがこんな交流を生み出しているとは、大きな驚きでした。今まで、白老、ヲシャマンベ、ハママシケ、宗谷などの陣屋を巡ってきましたが、こういう事例には初めて接した次第です。なお、最北東の国立公園・知床と最南西の国立公園・西表の縁で竹富町とも姉妹都市となっていて交流記念館には竹富町の展示もありました。ともに世界遺産にもなってこれはこれですごいことです。

最後に日照寺の供養塔も落ちなくチェックして、充実した斜里町での時間を過ごすことができました。この日は、傘が必要ない程度の霧雨が降っていて最高気温は18℃ほどだったと思います。泊は網走にとりました。

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todo94

北海道のチャシ・陣屋めぐり⑤の1 (2026/08/09 訪問)

北海道2日目は、釧路から釧網本線で知床斜里駅にアクセスします。前日、私は全く雨に降られなかったのですが、釧網本線は大雨で運転見合わせが続いていたのです。私が乗る予定の列車から運転が再開されるとは、なんともラッキーでした。釧網本線は、列車の本数が少なく、斜里町で5時間半も過ごすことになってしまいました。ということでお目当ての津軽藩シャリ陣屋に向かう前に、だらだらと斜里町内を散策します。斜里神社、禅龍寺を経て先へと進むと津軽藩士殉難慰霊碑がありました。隣には供養塔が立っていて、もう一つの供養塔は日照寺にあるとのこと。これはもう、見ていくしかありません。津軽藩士の墓所跡のほか、一位(オンコ)樹霊塔なんてものもあり、鉛筆の由来についての説明板があってとても勉強になりました。ちなみにオンコとはイチイの木のことで、斜里産のイチイは鉛筆原板として最適だったのだそうです。とりあえず、陣屋に赴く前に知床博物館を見学していくことにしました。期待通り、津軽藩の展示があったのですが、斜里町と津軽藩のつながりの強さは私の想像をはるかに超えるものでした。

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小城小次郎

悲惨な歴史がここにもあった (2021/07/03 訪問)

安政年間に奥州各藩が蝦夷地防衛のための陣屋を次々と築いたのよりも半世紀近く前、津軽藩は幕府の命でシャリ陣屋を築き、派遣された100名の藩士のうち70名以上が冬を越えられずに命を落としたという。

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オチョ

説明板のみ (2017/07/24 訪問)

蝦夷地防衛のために津軽藩士100人が在住したものの、冬を越し故郷に帰還できたのはのは僅か17人だったと言う陣屋の跡地です。
遺構は何も残っていませんが道路脇の空き地に説明板と標柱が建っています。

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城郭情報

分類・構造 陣屋
天守構造 なし
築城主 津軽藩
築城年 文化4年(1807)
主な城主 津軽藩
遺構 消滅
指定文化財 町史跡(津軽藩士シャリ陣屋跡)
再建造物 碑、説明板
住所 北海道斜里郡斜里町52番地24
問い合わせ先 斜里町役場
問い合わせ先電話番号 0152-23-3131