しきやまじょう

敷山城

山口県防府市

別名 : 敷山験観寺
旧国名 : 周防

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①石垣
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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征19日目:敷山城 (2026/05/29 訪問)

徳山駅でレンタカーを借り、そこから車で40分くらいで、説明板前駐車場(34.080485、131.597058)に着きました。

敷山城跡は南北朝時代、もともと敷山験観寺という山寺を急遽、城として転用したもののようです。
南北朝時代に足利尊氏が九州から反転して湊川の戦いで楠正成に勝利し上京、天皇が逃げた比叡山攻略に取り掛かります。
1336年(延元元念)後醍醐天皇に呼応し南朝方についた周防国衙の役人であった摂津助清尊、教乗、小笠原長光や大内弘世の叔父・大内弘直などが立てこもります。
しかし、足利尊氏の一族・上野頼兼の大軍に攻められてわずか10日あまりで落城しました。

遺構として石垣があります。また、遺構ではありませんが、竪堀のようなものも見られました。
鎌倉期に造られた梵字岩は見所の1つです。また山頂からは防府市が一望できます。
攻城時間は45分くらいでした。次の攻城先=右田ヶ岳城に行く前に、防府天満宮と勝坂砲台(城びと未登録 山口県防府市)に向かいました。

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こるまろ

山の8合目にある山城 (2019/05/25 訪問)

標高460m矢筈ヶ岳にある山城跡ですが山頂ではなく8合目にあります。
ブログ: https://minkara.carview.co.jp/userid/1532104/blog/43408465/

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todo94

国史跡 (2008/07/20 訪問)

南北朝期に山岳寺院を城砦化した国史跡の城である。事前に調べておいた地図では道が判然とせず、不安であったのだが、しっかりと表示があり難なくたどり着くことができた。城への登山道では10名を超える皆さんにより下草狩りが行われていた。いきなり「ご苦労様ですの挨拶くらいしていくのが常識だ。」とおじさんに怒られてしまったが、確かに、炎天下での作業、頭が下がる思いである。行きも帰りもしっかり声をかけさせてもらった。寺院を城にしたということで本丸に当たる曲輪には本堂の礎石が残っていた。矢筈ヶ岳の八合目に位置し、素晴らしい眺望が得られる。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 不明
築城年 鎌倉時代中期[敷山験観寺]
主な城主 清尊・教乗
遺構 曲輪、石垣、礎石、寺坊跡
指定文化財 国史跡(敷山城跡)
再建造物 石碑、説明板
住所 山口県防府市大字牟礼上敷山
問い合わせ先 防府市観光振興課
問い合わせ先電話番号 0835-25-2148