石見横田駅から徒歩15分ちょっとで、向横田城登城口(34.620589、131.793214)に着きました。
1185年(文治元年)源義家を祖とする石川治部少輔頼恒は、源頼朝の命により、この峯に首旁(くびき)城を築いて居城としました。七尾城よりも8年早い石見最古の築城といわれています。
1221年(承久3年)承久の乱の戦功で吉見義世が鹿足郡を与えられると横田氏を代官として派遣し、当城に入って石川氏の娘を妻にしたと伝わっています。横田氏がのちに能美山城に移ると領家氏が入りました。
1471年(文明3年)領家氏が大内道頓の反乱に加担したため益田貞兼に攻められ降伏し、249年続いた領家氏の時代は終わりました。
楠木正成から5代目に当たり、領家氏と祖を同じくする益田氏の家臣・城市勘助正雄が、1478年(文明10年)この峯に頸ヶ滝城を築いて居城としました。
1551年(天文20年)年の正雄死後も一族の者が領していたようですが、1577年(天正5年)に移封されたため廃城になったようです。
徳川時代は、津和野藩の治下に入り廃城のまま明治維新を迎えました。
城は南の山頂に本丸、北の愛宕山の山頂に出丸があり、その二つの間を尾根が通っているようです。
今回は時間の都合上、出丸には行っていません。
本丸と二の丸には土塁が残っています。本丸には忠魂碑が建っています。
攻城時間は30分くらいでした。本日の城巡りは、ここがラストです。
歩行歩数=33296歩、歩行距離=23.3Kmです。
本日の宿泊先に向かう為、石見横田駅前のバス停から労働会館前までバスで向かい、ホテルで荷物を引き取った後、益田駅に向かいました。
益田前から時間短縮の為、特急を利用して、松江駅に向かいました。
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