くしじまじょう

櫛島城

島根県大田市

別名 : 櫛山城
旧国名 : 石見

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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征2日目:櫛島城 (2026/05/12 訪問)

矢筈城から車で30分くらいで、櫛島キャンプ場(35.101840、132.340813)に着きました。
その後、登城口(35.100639、132.338346)に向かう予定でしたが、櫛島キャンプ場は進入禁止でした。
工事関係者の方?から引き返すように促されました。

櫛島の由来としては、1221年(承久の変)で隠岐の島に流罪となった後鳥羽上皇が途中の嵐のため漂着し、世話になったお礼にと、古老へ櫛をあげたことから櫛島となったという言い伝えがあります。
1540年(天文9年)11月、毛利氏攻略のため尼子晴久が石州路を進軍したとき、櫛山城主出原次郎四郎は尼子軍の猛攻に耐え、これを撃退したといわれています。
のち温泉佐渡守(ゆしさどのかみ)が城主となったとあります。
1562年(永禄5年)温泉氏(ゆし)は毛利氏に追われ、その後、月山富田城(安来市)に籠城した後、尼子氏とともに滅亡しました。

遠くから主郭を撮影して攻城完了としました。
攻城時間は15分(少し離れた場所に車を停めたので往復に時間を要した)くらいでした。次の攻城先=周布城に向かいました。

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イチ

毛利氏の海城 (2021/12/05 訪問)

沖泊港の北側に築かれた海城。尼子方の温泉氏が在城するも、毛利氏の支配下へ。主郭を目指すも藪化に阻まれ断念。荒波の日本海を感じられる場所です。

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todo94

立入禁止 (2011/11/04 訪問)

キャンプ場に降りていく道はバリケードで塞がれていて立ち入り禁止状態になっていました。世界遺産「石見銀山遺跡とその文化的景観」の構成資産「沖泊」の城だけに残念です。2011年に主郭にたどり着くことはできているのでその時の写真を投稿します。沖泊のもう一つの城、鵜の丸城の主郭には2021年3月26日に初めて立つことができました。

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ダイエティシャン

ライフジャケット必要⁈ (2021/02/26 訪問)

石見国 大田市温泉津町温泉津
櫛島キャンプ城近くの海城。温泉津町観光案内所【ゆうゆう館】から車で約10分で、キャンプ場駐車場に到着。
歩いて約5分でキャンプ場に着きます。そこの屋外テーブルに櫛島城案内図(2枚目)右に進み、岩と海を結ぶコンクリート橋(3枚目)を渡り、
コンクリートの通路を(4枚目)進みます。通路から降りると、岩肌を踏み締めて進みます。満潮や波が高い時は恐らく通れません。海を渡る感じです。浮き輪とか必要かも?と思ってしまいましたよ。
あまりにも波の音が大きく、怖くなり、遠景(1枚目)だけ撮影し、引き返しました。
次回、浮き輪と、心の準備をして攻城します。

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城郭情報

分類・構造 水城
築城主 不明
築城年 弘安年間(1278〜1287)
主な城主 出原氏、温泉氏、毛利氏
遺構 曲輪、岩礁ピット
住所 島根県大田市温泉津町温泉津