矢筈城から車で30分くらいで、櫛島キャンプ場(35.101840、132.340813)に着きました。
その後、登城口(35.100639、132.338346)に向かう予定でしたが、櫛島キャンプ場は進入禁止でした。
工事関係者の方?から引き返すように促されました。
櫛島の由来としては、1221年(承久の変)で隠岐の島に流罪となった後鳥羽上皇が途中の嵐のため漂着し、世話になったお礼にと、古老へ櫛をあげたことから櫛島となったという言い伝えがあります。
1540年(天文9年)11月、毛利氏攻略のため尼子晴久が石州路を進軍したとき、櫛山城主出原次郎四郎は尼子軍の猛攻に耐え、これを撃退したといわれています。
のち温泉佐渡守(ゆしさどのかみ)が城主となったとあります。
1562年(永禄5年)温泉氏(ゆし)は毛利氏に追われ、その後、月山富田城(安来市)に籠城した後、尼子氏とともに滅亡しました。
遠くから主郭を撮影して攻城完了としました。
攻城時間は15分(少し離れた場所に車を停めたので往復に時間を要した)くらいでした。次の攻城先=周布城に向かいました。
+ 続きを読む









