しんやまじょう

安田要害山城

島根県安来市

別名 : 新山城、長台寺城、要害山
旧国名 : 出雲

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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征8日目:安田要害山城(尼子十砦⑩ 6城目) (2026/05/18 訪問)

尼子十砦:出雲国尼子氏の本城月山富田城の周囲を固める支城群
尼子十砦(①十神山城②神庭横山城③三笠山城④赤崎山城⑤亀遊山城⑥高尾城⑦高守山城⑧勝山城⑨寺山城⑩安田要害山城)
豊岡城から車で5分ちょっとで、長台寺駐車場(35.377517、133.30917)に着きました。

築城年代は定かではないようですが、、尼子経久の家臣・安井光照によって築かれたと云われています。
その後、福山源五郎が城主のとき、尾高城主・杉原盛重の率いる毛利勢に攻められ、1565年(永禄8年)落城しました。
城主は福山綱信、福山源五郎父子であったが、永禄8年(1565年)毛利勢の伯耆国尾高城主杉原盛重に攻められ落城した。

高尾城(尼子十砦⑥ 3城目)で痛めた右ふくらはぎも痛み止めの薬が効きはじめ、痛みは和らいでいますが、比高230m/山頂まで1130mは流石に無理なので登城口で撤退です。
攻城時間は10分くらいでした。次の攻城先=十神山城(尼子十砦①)に向かいました。

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todo94

年度末山陰の攻城・尼子十砦編⑧ 尼子十砦コンプリート (2026/03/29 訪問)

出雲高尾城からの転戦です。十神山城は11年前、寺山城は5年前に攻城済みですので、これが最後の尼子十砦の城になります。攻城にかなり時間がかかると覚悟していましたが、尼子十砦の中では最も登城路がきっちりと整備されていてとても快適な攻城でした。麓の長台寺の駐車場がほぼ埋まっており、人気のあるスポットとお見受けしました。きれいに整備されている山頂からの眺望は素晴らしい限りです。なお、城びとのフリガナが「しんやまじょう」になっていますが、これは、米子側の呼び名です。所在地を島根県安来市とし、尼子十砦として尊重するならば、フリガナも「やすだようがいさんじょう」にしてほしいものです。菊池十八外城の台(うてな)城のふりがなが、誤った「うなて」のまま、放置されているので、修正の見込みはまずないかと思いますけれども。

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ぴーかる

尼子十砦4城目 (2024/02/23 訪問)

【安田要害山城】
<駐車場他>西南にある長台寺前に10台程駐車できます。登城口になります。
<交通手段>車

<感想>1泊2日尼子十砦の旅4城目。初投稿いただきます(久々!(≧▽≦))。登城口である長台寺が城跡のサポートをしています。本殿の左手から登山道が伸びており、かつての大手道だったようです。
 現地説明板によると安田要害山城は出雲側では「安田要害」、伯耆側では「新山要害」と呼ばれていたそうです。古代は祭祀の場であり、城ができる前から狼煙場でもあったといわれています。戦国時代、尼子経久の家臣、安井光照が出雲伯耆の国境警備のために城塞を築きました。その後、福山源五郎が城主のとき、1565年毛利勢の杉原盛重によって攻められ落城しました。
 上記登山口から北東方向にほぼ真っすぐ約1200m登って行きます。登山道は道があるので迷う事はありません。かつて、登山口の長台寺が500m程奥にあったそうで、登城途中に鐘突堂跡の坊跡があります。また登城途中には武者溜まり・八幡成の曲輪・太平成の曲輪や堡塁・七曲という道をジグザグにして通りにくくしたりしている遺構があり、登山が結構楽しめます。主要部は木々が伐採整備されています。広い主郭に小さな曲輪が数段、連段となっています。眺望がほぼ全方位見えて絶景と思いますが、ちょうど主郭に着いた時に霰が降ってきて視界が悪かったです。主郭から北東方向に整備道があり北東側の麓からも登れそうでしたが、遺構のある長台寺から登山を楽しむのが良いでしょう。

<満足度>◆◆◇

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 安井光照
築城年 戦国時代
主な城主 安井氏、福山氏
遺構 曲輪、土塁
再建造物 説明板
住所 島根県安来市伯太町安田関要害山