しんやまじょう

安田要害山城

島根県安来市

別名 : 新山城、長台寺城、要害山
旧国名 : 出雲

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todo94

年度末山陰の攻城・尼子十砦編⑧ 尼子十砦コンプリート (2026/03/29 訪問)

出雲高尾城からの転戦です。十神山城は11年前、寺山城は5年前に攻城済みですので、これが最後の尼子十砦の城になります。攻城にかなり時間がかかると覚悟していましたが、尼子十砦の中では最も登城路がきっちりと整備されていてとても快適な攻城でした。麓の長台寺の駐車場がほぼ埋まっており、人気のあるスポットとお見受けしました。きれいに整備されている山頂からの眺望は素晴らしい限りです。なお、城びとのフリガナが「しんやまじょう」になっていますが、これは、米子側の呼び名です。所在地を島根県安来市とし、尼子十砦として尊重するならば、フリガナも「やすだようがいさんじょう」にしてほしいものです。菊池十八外城の台(うてな)城のふりがなが、誤った「うなて」のまま、放置されているので、修正の見込みはまずないかと思いますけれども。

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ぴーかる

尼子十砦4城目 (2024/02/23 訪問)

【安田要害山城】
<駐車場他>西南にある長台寺前に10台程駐車できます。登城口になります。
<交通手段>車

<感想>1泊2日尼子十砦の旅4城目。初投稿いただきます(久々!(≧▽≦))。登城口である長台寺が城跡のサポートをしています。本殿の左手から登山道が伸びており、かつての大手道だったようです。
 現地説明板によると安田要害山城は出雲側では「安田要害」、伯耆側では「新山要害」と呼ばれていたそうです。古代は祭祀の場であり、城ができる前から狼煙場でもあったといわれています。戦国時代、尼子経久の家臣、安井光照が出雲伯耆の国境警備のために城塞を築きました。その後、福山源五郎が城主のとき、1565年毛利勢の杉原盛重によって攻められ落城しました。
 上記登山口から北東方向にほぼ真っすぐ約1200m登って行きます。登山道は道があるので迷う事はありません。かつて、登山口の長台寺が500m程奥にあったそうで、登城途中に鐘突堂跡の坊跡があります。また登城途中には武者溜まり・八幡成の曲輪・太平成の曲輪や堡塁・七曲という道をジグザグにして通りにくくしたりしている遺構があり、登山が結構楽しめます。主要部は木々が伐採整備されています。広い主郭に小さな曲輪が数段、連段となっています。眺望がほぼ全方位見えて絶景と思いますが、ちょうど主郭に着いた時に霰が降ってきて視界が悪かったです。主郭から北東方向に整備道があり北東側の麓からも登れそうでしたが、遺構のある長台寺から登山を楽しむのが良いでしょう。

<満足度>◆◆◇

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 安井光照
築城年 戦国時代
主な城主 安井氏、福山氏
遺構 曲輪、土塁
再建造物 説明板
住所 島根県安来市伯太町安田関要害山