とかみやまじょう

十神山城

島根県安来市


旧国名 : 出雲

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登城口
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赤い城

尼子十砦のひとつ (2026/06/28 訪問)

月山富田城の後もう少し時間があったので十神山城へ登城しました。
ふれあいの森の駐車場から登城路がついています。
中海に面した小高い十神山山頂が城跡です。
山頂部には祠がありますが目立った遺構はありません。
眺望も良いはずですが木が茂っていて中海も望めません。
中十神、小十神も出城として機能していたと思われます。
小十神からは中海の見える場所もありました。

この後の所用は三刀屋城下だったので移動の途中でしじみラーメン、昼食としました。

【見どころ】
 ・小十神からの中海

赤色立体地図かるた大会、開催されるのですね㊗️
今のところ当日の参加は微妙ですがなんとか調整したいな🥳

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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征8日目:十神山城(尼子十砦① 7城目) (2026/05/18 訪問)

尼子十砦:出雲国尼子氏の本城月山富田城の周囲を固める支城群
尼子十砦(①十神山城②神庭横山城③三笠山城④赤崎山城⑤亀遊山城⑥高尾城⑦高守山城⑧勝山城⑨寺山城⑩安田要害山城)
安田要害山城(尼子十砦⑩)から車で20分くらいで、十神山なぎさ公園駐車場(35.434655、133.262008)に着き、そこから、十神山山頂登り口(35.434992、133.263290)に向かいました。

築城年代は定かではないようですが、室町時代に松田氏により築かれたようです。
応仁の乱では山名氏に属し月山富田城の尼子清定を攻めたが撃退され、逆に1468年(応仁2年)に清定に攻められ落城しました。
尼子氏の持城となった十神山城は尼子十砦の一つに数えられ、松尾遠江守が在城したそうです。
1566年(永禄9年)に児玉就忠の率いる毛利氏方の水軍に攻められ落城しました。
尼子氏滅亡後の1569年(永禄12年)には尼子残党に占拠されましたが、翌年の「布部山の戦い」で尼子軍が大敗を喫すると十神山城も陥落したそうです。

高尾城(尼子十砦⑥ 3城目)で痛めた右ふくらはぎも痛み止めの薬で痛みは和らいでいるので、比高70m/山頂まで380mの十神山城(尼子十砦① 7城目)は登城です。
右足をかばいながら杖の力を借りて山頂まで登りました。
やっぱり比高は低くても今日は無理をしない方がいいと実感しました。
現在は公園として整備されていますが、城址を示す案内板などは設置されておらず、三方を海に囲まれているものの木々が生い茂っており眺望はよくありません。
攻城時間は30分くらいでした。次の攻城先=赤崎山城(尼子十砦④)に向かいました。

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ダイエティシャン

十神山城3️⃣中十神 (2025/12/16 訪問)

中十神にも行きました。山頂から分岐まで下り、分岐から中十神までは2、3分でした。

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ダイエティシャン

十神山城2️⃣登城道、山頂 (2025/12/16 訪問)

登城道は整備されていて、道標もあり迷うこともなく山頂に着きました。この日は近辺で工事音も鳴り響き、熊等の恐れも少なく感じました。草の茂みの間から、中海の海岸、なぎさ公園(キャンプ場)が見えました。

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城郭情報

分類・構造 連郭式山城
天守構造 なし
築城主 松田氏
築城年 室町時代
主な改修者 松尾氏
主な城主 松田氏、松尾氏
廃城年 永禄9年(1566)
遺構 曲輪、土塁、横堀
住所 島根県安来市安来町2273