出雲豊岡城からの転戦です。ぴーかるさんの投稿のおかげで、城びとに登録されていない尼子十砦の城を落とすことなくめぐることができ、感謝の限りです。県道9号線開鑿で断ち割られてしまった城と見受けました。最初、階段がついている側の丘に登ってしまいましたが、墓地が広がっていました。その反対側は中に立ち入ることはできそうになかったので、城址碑だけ撮影して先に進むことにしました。
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2026/04/12 07:19
年度末山陰の攻城・尼子十砦編⑤【城びと未登録】亀遊山城(島根県安来市) (2026/03/29 訪問)
出雲豊岡城からの転戦です。ぴーかるさんの投稿のおかげで、城びとに登録されていない尼子十砦の城を落とすことなくめぐることができ、感謝の限りです。県道9号線開鑿で断ち割られてしまった城と見受けました。最初、階段がついている側の丘に登ってしまいましたが、墓地が広がっていました。その反対側は中に立ち入ることはできそうになかったので、城址碑だけ撮影して先に進むことにしました。
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2026/04/10 07:32
年度末山陰の攻城・尼子十砦を攻めるための城 (2026/03/29 訪問)
残り4城の尼子十砦、この日でのコンプリートを目指します。朝一で向かったのは、尼子十砦の亀遊山城を攻めるために毛利が築いた出雲豊岡城です。ぴーかるさんの投稿を拝見して城の西側の木橋から突入です。井川城の板の橋より遥かに怖い橋ですので、にのまるさんにはお薦めしません。足元がぬかるんでいて間違って踏み込んでしまおうものなら、靴が泥まみれになる事必定ですので早々に急斜面の竹林に入っていきました。倒竹もありましたが、さほど荒れた感じはありませんでした。空堀や堀切をいくつも確認することができましたが、光量不足で手ブレになってしまった写真が多数ありました。残念。来た道を引き返すのはかなり気が重かったので、藪漕ぎ覚悟で尾根を下っていきます。いくつもの堀切を越えて最後の写真の部分に降りてくることができました。蛇喰川を渡ってすぐの場所です。
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2025/06/03 20:20
豊岡城 (2025/03/30 訪問)
【豊岡城】
<駐車場他>安来市役所伯太庁舎に停めました。
<交通手段>車
<見所>堀切
<感想>日帰り尼子十砦旅1城目。2024年2月に城郭放浪記さんのサイトを頼りに一度トライしましたが、登城口がよく分からず断念した城跡です。今回はGoogleのストリートビューを散々見て、西側の蛇喰川に木橋が架けられていそうなので西側からアプローチしてみました。木橋の地点が城跡北側を横断する谷の部分にあたります。倒木等荒れていて、地面はぬかるんでいますが、谷を東に向かって進むと右手に植林された場所が出てきます。登ると主郭の北端に入れます。東側から登城するには、畑地(私有地かどうかはわからない)を抜けて、左手にある笹のカーテンを押し分けて抜けると道がある。登るとみつばちの巣箱があって、主郭南側の2重堀切に行けます。
城跡は概ね南北に長い連郭式で最北の曲輪が城びとのフラッグ位置にあたります。南は交差点・蛇喰川が東に曲がる地点までしっかりと曲輪が残っているので、南は川の段丘上からのはじまっているのかと思われます。連郭の曲輪段は間に数カ所堀切で仕切られています。城びとフラッグの最北の曲輪とGoogleマップの位置は少し南で、どちらも主郭といえる広さがあります。その間に深い2重堀切で仕切られています。最北の曲輪には北端に土塁があり、土塁下から西側に尾根が伸びていて尾根を分断する2重堀切があります。城跡内部は少し灌木があり荒れていますが、なかなか見応えありました。
ウィキペディアに尼子十砦に豊岡城があり、行った時はそうだと思って、はりきって攻めたのですが、今回の投稿時の調べで気づいたのですが、城郭放浪記さんのサイトには豊岡城の南にある城びと未登録の亀遊山城が尼子十砦の1つであるそうです。Googleマップにもそうあったので失敗した~無念。旅のタイトルも尼子十砦制覇旅にしていたのに変更して、制覇は後の楽しみ(船上山城も雪で行けなかったのでその時に)に取っ置くとします。行った時は、「山陰地方尼子氏には珍しい堀切を多用した城跡だな」と思っていたら、毛利氏の築城でした。あとから納得しました。
<満足度>◆◆◇
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| 分類・構造 | 山城 |
|---|---|
| 築城主 | 毛利氏 |
| 築城年 | 不明 |
| 主な城主 | 毛利氏 |
| 遺構 | 曲輪、土塁、堀切、虎口 |
| 住所 | 島根県安来市伯太町東母里大字豊岡 |