ふちゅうではりじょう

府中出張城

広島県安芸郡

別名 : 出張城、府城、国府城、芸府城
旧国名 : 安芸

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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征26日目:府中出張城 (2026/06/05 訪問)

天神川駅から徒歩20分くらいで、登城口付近(34.393806、132.509458)に着きました。

築城年代は定かではないようですが、応永年間(1394年〜1428年)白井胤時によって築かれたと云われています。
白井氏は千葉上総介忠常の後裔義胤が上野国白井山田荘を領して白井氏と名乗り、その子胤時が下向して出張城を築いて居城としたそうです。
白井氏ははじめ安芸国守護の銀山城武田氏に属し、1495年(明応4年)武田元信より「安芸国仁保島海上諸公事」が認められ、仁保島付近を航行する所船からの勘過料を徴収する権利を得ています。
白井氏は主に水軍を持って勢力を張っていたようで、1527年(大永7年間)には周防国大内氏に属し、1539年(天文8年)には武田氏の川内警固衆を敗っています。
陶晴賢が大内義隆を討つと、その後、台頭してきた毛利元就によって追われ、白井氏は大内氏の宇賀島水軍と合流します。
1555年(弘治元年)には矢野保木城にて大内方として毛利に抵抗していた野間隆実を援護するため、呉浦や仁保島、海田などを襲撃します。
しかし、陶晴賢が厳島合戦において毛利元就に敗れると、後に白井氏は小早川隆景に降りました。

城址の周囲は住宅に囲まれており、出張城跡位置図で西側からアプローチしました。
登った所はお墓で城跡らしきものは何もありません。
しかたなく城山の周りをグルット一周してみましたが、進入路を見つけることはできませんでした。
住宅地なので、あまりウロウロすると不審者に間違われるので諦めて撤退しました。
ちなみに天神川駅の広島駅方面と向洋駅方面のホームは離れており、駅入口も違います。気を付けてください。
攻城時間は25分くらいでした。次の攻城先=広島城を攻城する為、天神川駅からJR山陽本線を利用して新白島駅に向かいました。

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しんちゃん

時代の波に翻弄された白井氏の謎多き城。 (2023/01/10 訪問)

府中出張城は応永年間(1394~1428)に千葉氏の末裔である白井胤時によって
築かれたとあります。(wikiより)
白井胤時さんのことは調べても出てこないのでどのような人物かわかりません。
城域もはっきりとはわからないので国土地理院の地形図を見て
あたりをつけて攻めていきます。
宅地の背後にある小高い丘を最高所として上部の扁平地を確認。
あとは周囲の扁平地が城域(郭)になると思います。
長福寺周辺の扁平地を確認。なかなか眺望も良いので主郭か二の郭があった
可能性があります。
あとは神武天皇ゆかりという多気神社へ。私、実は神社好きでもあります。
山城もマイナーな城跡も神社もお賽銭を除けば基本タダですからね。
こういった人は案外多いのではないでしょうか?
さてこの神社、古事記や日本書紀にも記載のある古くて由緒のある神社です。
ということは戦国の時代に郭として機能していた可能性は十分にあるわけです。
神社を散策しながら城郭を探索している気分になって二重にお得感がありますね。
白井氏は水軍を有し、後に小早川隆景に下ったというので
毛利水軍の一角を担ったのでしょうか?白井氏のその後も気になりますね。

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織田晃司

日本のバチカン (2021/06/11 訪問)

広島市に囲まれた府中町にある城。
住宅地にある小山だが、登城口がわかりにくい。
しかも畑の中を通り抜けるようになります。

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しーげ

主郭に登るのには注意 (2020/02/08 訪問)

比高が低いので、舐めた気持ちで登城しました。しかし、道らしい道がなく、結局、竹や木を伝い登ることになりました。城から降りる時に道があることに気が付きました。

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城郭情報

分類・構造 丘城
築城主 白井胤時
築城年 応永年間(1394〜1428)
主な城主 白井氏
廃城年 不明
遺構 曲輪
再建造物 説明板
住所 広島県安芸郡府中町宮の町3
問い合わせ先 府中町教育委員会事務局総務課
問い合わせ先電話番号 082-286-3270