天神川駅から徒歩20分くらいで、登城口付近(34.393806、132.509458)に着きました。
築城年代は定かではないようですが、応永年間(1394年〜1428年)白井胤時によって築かれたと云われています。
白井氏は千葉上総介忠常の後裔義胤が上野国白井山田荘を領して白井氏と名乗り、その子胤時が下向して出張城を築いて居城としたそうです。
白井氏ははじめ安芸国守護の銀山城武田氏に属し、1495年(明応4年)武田元信より「安芸国仁保島海上諸公事」が認められ、仁保島付近を航行する所船からの勘過料を徴収する権利を得ています。
白井氏は主に水軍を持って勢力を張っていたようで、1527年(大永7年間)には周防国大内氏に属し、1539年(天文8年)には武田氏の川内警固衆を敗っています。
陶晴賢が大内義隆を討つと、その後、台頭してきた毛利元就によって追われ、白井氏は大内氏の宇賀島水軍と合流します。
1555年(弘治元年)には矢野保木城にて大内方として毛利に抵抗していた野間隆実を援護するため、呉浦や仁保島、海田などを襲撃します。
しかし、陶晴賢が厳島合戦において毛利元就に敗れると、後に白井氏は小早川隆景に降りました。
城址の周囲は住宅に囲まれており、出張城跡位置図で西側からアプローチしました。
登った所はお墓で城跡らしきものは何もありません。
しかたなく城山の周りをグルット一周してみましたが、進入路を見つけることはできませんでした。
住宅地なので、あまりウロウロすると不審者に間違われるので諦めて撤退しました。
ちなみに天神川駅の広島駅方面と向洋駅方面のホームは離れており、駅入口も違います。気を付けてください。
攻城時間は25分くらいでした。次の攻城先=広島城を攻城する為、天神川駅からJR山陽本線を利用して新白島駅に向かいました。
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