さるかけじょう

猿掛城

広島県安芸高田市

別名 : 多治比猿掛城、多治比城
旧国名 : 安芸

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奥の平らなところは出丸の最上段  右下の少し盛りあがっているところは土塁です。
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えの

季節を考えよう、、、 (2021/05/04 訪問)

猿掛城は毛利元就が青年期を過ごしたお城らしいです。

毛利弘元夫妻の墓所の前にある駐車場に車を止めて登城。
本丸まではそんなに時間はかからないですが、地面が濡れてる&杖なしだったのでなかなか大変でした。

それ以上に大変だったのが、、、虫です、、、
この時期は毛虫が非常に多く、本丸は毛虫だらけでした、、、
投稿者は虫が大の苦手なのでビクビクしながら本丸を散策してましたが、耐えられずにとっとこ下山。
遺構は全く見られず、、、
この時期に行くのは本当にやめた方がいいです(個人的に)
もし行くならば、肌露出無しで行ってくださいね〜。

それに対して出丸は整備されている&虫あまりいない
素晴らしい所でした!笑

もう二度と毛虫の恐怖を味わいたくないのでしばらく山城は控えたいと思います、、、

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織田晃司

家督を継ぐまで (2020/11/14 訪問)

毛利元就が過ごした城。
出丸と本丸に登城。
物見丸は別物と考えたほうがいい。

本丸からの移動も駐車場からの移動もかなりの時間を要する。

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しーげ

出丸 (2016/10/15 訪問)

出丸もあるので、そちらにも登城してください。

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小城小次郎

多治比猿掛城

若き日の毛利元就は27歳で家督を継ぐまでの23年間をここで過ごしていた。振り返れば雌伏の時だったのだろうが、案外幸せな時だったのではないか、とも思う。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 毛利弘元
築城年 明応年間(1492〜1501)
主な城主 毛利氏
廃城年 慶長年間(1596〜1615)?
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、竪堀、井戸
指定文化財 国史跡(毛利氏城跡)
再建造物 説明板
住所 広島県安芸高田市吉田町多治比
問い合わせ先 安芸高田市生涯学習課
問い合わせ先電話番号 0826-42-0054