三原駅でレンタカーを借り、そこから車で35分(途中、道を間違えリカバリに時間を要した)くらいで、鳴滝山城駐車場(34.408146、133.150676)に着きました。
今日は1日、雨の予報です。弱雨なので登城することにしました。駐車場から鳴滝山城登城口(34.407373、133.151078)に向かいました。
最初の築城は不明ですが、鎌倉末期の元享年間(1321年〜1324年)に宮地次政によって築かれたと云われています。
この宮地氏は、備中・宮地が出身の武将とされ、宮地次政が初代です。
室町幕府より備後守護に任じられた渋川義行が一時、備後・鳴滝城(備後・鳴滝山城)に入っていたともあります。
その後、宮地廣義、宮地廣俊、宮地恒躬(みやち-つねみ)と3代続きました。
1423年(応永30年)宮地恒躬の時、大平山城の木頃経兼に急襲され落城しました。
宮地恒躬は逃れるも討死し、正室である木梨杉原氏の娘「鈴御前」は、捕らえられて殺害されたとされ「鈴姫のほこら」があるそうです。
その子・宮地明光(みやち-あきみつ)は、鳴滝城の奪還を果たせず清原氏を頼ると、因島の備後・天神山城を与えられたようです。
こうして、因島村上氏の傘下となり、因島の備後・大江城に移りますが、その後、没落したようで、三原・仏通寺にて仏門に入り、瑞厳と号したともあります。
駐車場から300mで城址の表示です。
登城口付近にいらっしたご婦人に登るのは無理だよと云われましたがとりあえず登城。
石積の写真を数ヶ所で撮りました。
登城路は草が深く弱雨ですが、滑って2度転びました。登城は無理と判断し途中で撤退しました。この時点でズボンは濡れ、靴の中はベッショリです。
攻城時間は30分くらいでした。次の攻城先=長崎城に向かいました。
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