さすが、江美城で正解です😊
山陰出身でありながら山陰の城は未訪が多く、todo94さんのレポートを今後の参考にさせていただきます🙇
四国にもまたお越しください😊
+ 続きを読む
✕
人が「いいね」しています。
2026/04/23 10:05
2026/04/23 07:01
2025/06/17 07:12
本丸跡は農耕地 (2025/06/08 訪問)
この日四国は雨予報(梅雨入りした日)だったので橋を渡り本土へ。
鳥取県まで来ました。こちらはいい天気☀️
ぴーかるさん記載の駐車場が最寄りですが江尾駅駐車場のフリースペースを利用しました。
駅舎内にパンフレットが置いてあります。
町内には案内板もあるのでわかりやすいです。
まずは本丸へ。
本丸と西の丸の間には深い堀切があります。
本丸は農耕地で現在の城主さんが作業をされていました。
挨拶をして見学、天守台跡が残っています。
その先は東祥寺に向けて落ちる深い堀切が守っています。
(墓地になっているので写真は撮りませんでした)
お礼を言って引き返します。
西の丸の北側には人枡形があり、高い土塁が残っています。
ただ時季的に藪で形は不明瞭でした。
八幡丸跡には模擬天守。
歴史民俗資料館ですが見学するには事前の連絡が必要だそうです。
さらに奥に進むと裏門跡があります。
麓の上ノ段広場の下には横穴が残っています。
他にもいくつかあるようですが城に続く抜け穴だったと言われています。
尼子家家臣の蜂塚氏の居城でしたが毛利氏に攻められ落城しました。
城はそれぞれ川を挟んで兎丸、城ノ尾丸と並んでいますがこの日はパス。
また来ることがあれば行ってみようかな。
【見どころ】
・天守台跡
・天守台背後の堀切(墓地になっている)
・人枡形
+ 続きを読む
♥ いいね
17人が「いいね」しています。
2024/05/28 19:58
江美城 (2024/03/30 訪問)
【江美城】
<駐車場他>櫓台跡の東側の堀切の上<35.282220, 133.487612>が2台分駐車スペースになっています。東側の台地状の農道から来てゲートを開けて入れます。
<交通手段>車
<見所>櫓台跡・石垣・堀切・切岸
<感想>日帰り尼子十基制覇の旅4城目。現地説明板によると江美城はこの地の国人である蜂塚安房守が文明年間(1469~1487年)に築城され4代にわたってこの地を治めましたとあります。蜂塚氏は尼子氏の支配下に入ったが、1564年に毛利氏によって落城し蜂塚氏は滅びます。その後吉川氏が入り今ある城跡は吉川氏によって改修されたもののようです。城は一国一城令まで存続していたようです。
上記駐車スペースに駐車しすぐ横に櫓台跡があるのでまず堪能。発掘調査で金箔瓦が出土したそうなのでかなり立派なものであったろう。近畿から中国地方によくみられる長方形で石積みがよく残っています。主郭は畑化されていて曲輪の輪郭しか残っていません。主郭の西側に大堀切を挟んで西の丸は周囲を高さのある切岸に守られています。西の丸の南西下段に模擬櫓があります。現在は閉館しています。主郭の南側帯曲輪の壁面に石垣が多く残っていて見応えがあります。
大山の噴火による火砕流堆積によって出来た台地地形と日野川によって削られた河岸段丘上の城といっていいでしょう。東海地方や群馬県で見た河岸段丘の城跡が鳥取県で見られるとはまた一つ勉強になりました。深い堀切見応えあります。
<満足度>◆◆◇
+ 続きを読む
♥ いいね
17人が「いいね」しています。
| 分類・構造 | 平山城 |
|---|---|
| 天守構造 | 独立式層塔型[2重3階/1979年築/RC造模擬] |
| 築城主 | 蜂塚安房守 |
| 築城年 | 文明16年(1484) |
| 主な城主 | 蜂塚氏、佐々木氏、矢野正倫(中村氏家臣) |
| 廃城年 | 永禄7年(1564) |
| 遺構 | 曲輪、石垣、土塁、堀切 |
| 指定文化財 | 町史跡(江美城跡) |
| 再建造物 | 模擬天守、碑、説明板 |
| 住所 | 鳥取県日野郡江府町江尾 |
| 問い合わせ先 | 江府町役場総務課 |
| 問い合わせ先電話番号 | 0859-75-2211 |