ゆたにじょう

湯谷城

鳥取県日野郡


旧国名 : 伯耆

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腰曲輪から連段曲輪方向
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ぴーかる

直登頑張る (2024/03/30 訪問)

【湯谷城】
<駐車場他>ホームランド多里で食事しそのまま駐車させてもらいました。城跡居館跡北側にある地域振興センターに駐車できるようです。
<交通手段>車

<見所>堀切・切岸・麓居館跡
<感想>日帰り尼子十基制覇の旅2城目。湯谷城の城郭情報は全て不明になっておりよくわかりません。この城は、あさんが1番槍の武功をおさめ、私は2番槍です。登城口は地域振興センターの裏手に回り込むと居館跡があります。居館跡は南の山側背後に土塁、その南に空堀を備えた単郭の曲輪があります。尾根の突出した部分を削平しています。
 詰め城の方は居館跡背後の山の山頂で空堀から登山道が途中まであります。空堀から山に入ると虎口跡のような凸凹があり道を進みます。そのまま道を進んでも山の側面を回り込んで道が藪化していくだけなので、正面の取り付きやすそうな所から直登します。一応「地籍調査」と書かれたピンクリボンに沿って直登するとよいかと。この斜面、放射状の畝状竪堀群とありますが私には谷状地形にみえました。北端の曲輪のすぐ下の斜面に対して横状に中心に切り込みのある土塁が下からでも見えます。私は虎口跡に見えました。
 曲輪は主郭と腰曲輪を含め全部で9段あります。比較的小さい曲輪の連段で最上段の曲輪は特に小さく主郭感はありませんし、藪化しています。最上段の曲輪の南端に土塁がありそこから大堀切と2条の小さい堀切の3重堀切となっています。大堀切斜面に矢竹がすごく生えていて、降りるのには降りれますが、今度登るのに逆茂木みたいになって相当苦労します。城跡の西側に4重堀切があります。行き方は北端の曲輪から2段目の広い曲輪の向かって右手に斜面の側面に沿って進む踏み跡の道がありますから、そこを進むと行けます。4重堀切は2重目が南から重機を通した整備道に潰されています。南からの登山道もあるかもしれません。
 腰曲輪の切岸の高低差や堀切の凸凹の明瞭さが縄張りが小さいわりにはなかなか見応えある城跡でした。夕景城からの直登2連続でかなり体力を消耗しました。

<満足度>◆◆◇

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麓の居館跡とセット (2024/02/24 訪問)

「城びと初投稿いただきます」(ぴーかるさん投稿からのぱくり、使うの久しぶり)。ついでがあり、岡山県寄りの広島県の中国山地内で城びと未投稿の城を探しましたが、広島県在住の織田晃司さん、まっつんさん、しーげさんらが、カバーし尽くしておられました。範囲を拡げて、鳥取県に、未投稿の湯谷城を発見。ちなみに、鳥取県西部海岸沿いは、カズサンさんに拾い尽くされてました。
最近ぴーかるさんが投稿された、五品嶽城から北上していきます。地元の方に道を聞くと、「ホームランド多里(たり)」を目指すと良いと。その裏手の多里地域振興センターに駐車しました。
城は、日野川とその支流の湯河川に侵食されて東、北、西の三方が急峻な斜面になった尾根の先端にあります。居館は、尾根先の比高5mほどの高まりに50m角ほどの方形で、土塁が設けられています。居館裏からの城域への道は途中で消えており、残りの40〜50mの急斜面を直登します。痩せ尾根なので迷うことはありません。
Ⅰ郭〜Ⅹ郭が尾根にほぼ一列に並んでいます。城域においても高低差はけっこうあり、各郭の切岸は、高さがあります。植林のため下草はなく、見学しやすいですが、Ⅰ、Ⅱ郭だけ、矢竹が密集しています。ここをつききって、背後の三重堀切を見てください。帰りにⅩ郭下の放射状の畝状竪堀を認めることができました。
城郭放浪記さんによると、西側斜面に四重堀切があるとのことですが、降りて行ける気がしない急斜面。城郭放浪記さん、やっぱり凄いなあ。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 不明
築城年 不明
主な城主 不明
遺構 曲輪、土塁、堀切、畝状竪堀、櫓台
住所 鳥取県日野郡日南町湯河