いのうちじょう

井の内城

岡山県美作市

別名 : 井之内城、井内城、下山城、大仙山城、大山城
旧国名 : 美作

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①説明板
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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征12日目:井の内城 (2026/05/22 訪問)

津山駅でレンタカーを借り、そこから車で30分弱で、公文小学校跡地大仙グラウンドゴルフ場入口(34.961101、134.127492)に着き、そこから説明板(34.960545、134.127265)を確認して、登城口(34.956140、134.127922)に向かいました。
公文小学校跡地大仙グラウンドゴルフ場はゲートボールを楽しむ方の車で一杯でした。

築城年代は定かではないようですが、1441年(嘉吉元年)山名持豊に従った北条氏吉が公文荘を与えられ、大仙山に築城したのが始まりとされています。
その子孫である清氏のとき下山氏を称しました。1544年(天文13年)には三星城の後藤氏に責められ落城しました。
出雲の尼子経久が山名氏に代わり美作・但馬・播磨にまで勢力を広めますが、代わって毛利氏がこの美作へ侵攻してきます。
1579年(天正7年)備前の宇喜多直家は毛利氏と手を切り、信長に味方するようになりました。
そして毛利氏に対抗する為に、家臣の花房職之と延原弾正に、笹部勘二郎が守る周匝茶臼山城を攻め落し、さらに北の後藤勝基の三星城へも攻撃をしかけました。
もともと後藤勝基は天神山城主・浦上宗景の重臣であり、直家が主家であった浦上氏を滅ぼした時、宇喜多氏と後藤氏は敵対、井の内城主の下山正氏も後藤氏に付きました。
宇喜多軍が三星城近くまで攻めて来た時、下山氏・小堀氏などが城を出てよく戦いますが、城内での安東相馬による裏切りで井の内城は落城しました。

説明板のある大手道は藪化しているという情報より、鳥渕神社側から登りました。
前日の大雨で足元はぬかるみ、落葉で足を滑らせて、また転んでしまいました。大事になる前に撤退です。
どおも転ぶことと迷子になることに少しナーバスになっているようです。
攻城時間は45分くらいでした。次の攻城先=福城に向かいました。

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ぴーかる

見応えある遺構と巨大堀切 (2022/12/03 訪問)

【井の内城】
<駐車場他>公文小学校跡地大仙グラウンドゴルフ場
<交通手段>車

<見所>大堀切・横堀・畝状竪堀・竪堀・土塁
<感想>1泊2日城びと美作・備前山城攻めの旅1城目。ついに山城多国岡山県の本格攻略に入ってきました。岡山県には山城が多く、何故か城びと未登録のいい山城が沢山あります。このゾーンに入ってしまうと攻略がいつになることやらですが、まずは東側から徐々に行こうかと思います。今回の旅は美作市から和気郡、備前市と南下して攻略しました。

 現地案内板によると井の内城の築城は嘉吉元年(1441年)に山名持豊に従った北条氏吉が公文の荘を与えられ大仙山山頂に築城したとあります。北条氏の子孫が地名をとって下山氏と称します。ここから私の推測ですが、嘉吉元年といえば嘉吉の乱が起こった年で赤松氏討伐のメンバーに山名氏が加わっています。赤松氏討伐の恩賞として山名持豊は播磨守護、山名教清という者が美作守護に任ぜられているので山名教清に従った北条氏ではないかと思います。
 上記小学校跡に駐車場し少し南に歩いた所に小さな城跡の説明板がありますので奥に進んでみましたが、通行止めのバリケードと入山料300円の看板があったので引き返して、ここは個人サイトの方の南側からの尾根つたいに行くのが良い説明を頼りに登山口を移動しました。<34.956140, 134.127922>ポイントの階段を登り墓地の前を通って進むと石灯篭があり山に入れます。少し進むと社の祠があります。4つ並んだ祠と奥に1つある祠がありますので1つある祠の裏側から山の尾根に取り付けるのでそこから直登します。途中中間地点の急斜面の少し藪化したゾーンがありますがそこ以外は登り易いです。そこを抜け暫く行くと南端の曲輪に着きます。城跡は中心の曲輪と北の曲輪と西の曲輪とに分かれていてそれを繋ぐ尾根曲輪が長くあります。西の曲輪を中心とする守りの防御遺構が物凄くて、南側に横堀が走り、その横堀の南側に畝状竪堀が数条南に落ち込んでいます。西の曲輪の西側には巨大堀切があります。切岸落差があり圧巻です。その大堀切も南側に大竪堀となっていて堀幅がものすごいです。西の曲輪、北の曲輪の北側にも大きな堀切があります。西の曲輪、中心の曲輪には虎口跡が残り石積跡が若干残されています。中心の曲輪が比高が一番高いですが、私の見立てではスケールのある防御設備の多い西の曲輪が主要部だったように感じました。My山城ベストに入る見応えある城跡です。超お勧めです。

<満足度>◆◆◆

本年もたくさんの「いいね」をいただきありがとうございました。よいお年をお迎えください。

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横堀と畝状竪堀の連結がすごいです (2019/10/16 訪問)

東麓の小学生廃校跡左手に小ぶりな説明板あり。ここが登頂口でもある。尾根を登って行くつづら折れの道が見え隠れするが、そのうちにピンクテープの道表示はあるものの道はわからなくなり、毎度の直登モードに。東側はきつい斜面である一方、南や西は比較的緩斜面であるためか、南と西に凄い堀がある。南側は横堀とその外側の畝状竪堀の組合わせ。西側は尾根を断ち切る二重の大きな堀切。主郭から北側の尾根は急斜面に頼ってか造作はあまり無い。
下りは緩斜面の西側→北側の道を行った。これまたよくあるパターンで、最後のところで獣害対策柵や崖に阻まれ、なかなか降りきれない。

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城郭情報

分類・構造 連郭式山城
築城主 下山氏
築城年 不明
主な城主 下山氏
遺構 曲輪、土塁、堀切、横堀(空堀)、畝状竪堀群
指定文化財 市史跡(井の内城跡)
住所 岡山県美作市下山
問い合わせ先 美作市教育委員会社会教育課
問い合わせ先電話番号 0868-72-2900