いわやじょう

岩屋城

岡山県津山市


旧国名 : 美作

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主郭と主郭下段
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ぴーかる

岩屋城 (2024/01/04 訪問)

【岩屋城】
<駐車場他>第一駐車場5台分程度、第二駐車場20台分程度あり。
<交通手段>車

<見所>曲輪切岸・堀切・畝状竪堀群
<感想>現地説明板によると岩屋城は1441年に山名教清が嘉吉の乱の論功行賞により美作国の守護に任ぜられた際に築城されたとされます。その後赤松氏や浦上氏、その家臣が裏切って尼子氏に付いたりして混沌とした勢力下において城主が変わりますが、戦国時代後半には宇喜多氏の支配下の城となります。1581年に宇喜多氏が毛利氏を離れ織田氏に付いたことから岩屋城は毛利氏に攻略されます。1582年の備中高松城の戦い終了後に領土の境目を高梁川とするが、それより東側にいた美作の毛利氏の諸将が抵抗します。岩屋城の周囲に包囲する陣城跡はこの時の宇喜多氏による武力接収戦による籠城攻めの跡と思われます。その後調停により再び宇喜多氏の城として戻り、宿老の長船貞親の城となりますが1590年に野火により焼失し廃城となったようです。

 第一駐車場に説明板と登山道見学コースの案内板があります。第一駐車場脇に登山口があり城跡を一巡りして第二駐車場に出るルートになっていますが、第一駐車場から登ると遊歩道にはなっているものの、主郭まで1000m程の登山となりますので、お勧めは登山道見学コースの逆走、第二駐車場から舗装道を登っていくのが楽だと思います。

 城跡へは見学コース順に、慈悲門寺砦跡、ここは本郭以外はかなり藪化して東西にある曲輪群を散策するのは難しいです。本郭には中心に堀か庭園跡の石積みの仕切りがあります。最奥に坊跡かの土壇の土盛があります。次に山王宮跡、ここは巨岩壁の岩窟に権現様を祀った祠があります。明治初期まで祠で一杯だったそうです。拝殿跡には土台の石積みが残ります(江戸時代のものかも)。

 城跡は見学コース順に門跡⇒人工の龍神池⇒三の丸は3段の連郭⇒馬場の帯曲輪を通り馬場曲輪⇒主郭⇒二の丸は小さい尾根曲輪⇒二の丸北東部の大堀切はでかくて見応えあり。⇒城跡の北東側にある「手のくぼり」という畝状竪堀群は現地に十二条とありますが、実際数えてみて、表面観察できるのは八条でしたが、かなり見応えありました。そこから急坂の舗装道を降りて第二駐車場に至りますが、舗装道なので先に記述した逆走ルートの方がよかったかもと思ったわけです。大堀切、畝状竪堀、主郭を中心に馬蹄形状の連郭が見応えある素晴らしい城跡でした。私の先の投稿で宇喜多氏軍の陣城群の一つ、荒神の上砦(城びと未登録)にも行ったので御参考にしてもらえれば。陣城も全て巡ると1日楽しめる城跡群です。
 この日は2024年新年最初の日帰り城跡巡りとして、満足度の高い城跡ばかりで楽しめました。518㎞無事走破。

<満足度>◆◆◆

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小城小次郎

ネーミングセンス抜群だが格調も高い (2021/05/03 訪問)

「嗚呼壮烈」の岩屋城(福岡県)もよいが岡山の岩屋城もまたなかなか。「落し雪隠」のネーミングセンスは横地城(静岡県)の「なんとか落し」と双璧と言ってもよいのかも。それはさておき全般に格調の高さが滲み出るよい城だ。

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準平原の吉備高原 (2021/03/07 訪問)

城びと先達の投稿を見て行きたい城にノミネート。
国道から谷筋に入ると岩屋城家臣の屋敷跡の表示が道脇に連なり、気持ちが高まる。
先達の推す、てのくぼり(テクノ堀に語呂が近い😅)は、もちろん、たくさんの兵力が駐屯できる山頂の郭群も良い。
美作の山城を含め吉備高原の山城に登ると、見渡す山々の頂部の高さが揃っていることをいつも思う。吉備高原は、一旦平坦になった土地が隆起して再び侵食が始まった地形である。岩屋城も堆積岩が浸食されて急峻な斜面を作った山である。岩屋城のかなり高いところに湧き水があるのは、近くの山が同じ高さにあるからであろう。

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ヒロケン

てのくぼり(畝状竪堀群) (2017/05/01 訪問)

天文13年出雲尼子氏の美作進出に伴い岩屋城においても、接収戦が行われ城主中村則治は尼子氏に従属した。その後、勢力を伸ばしていた宇喜多氏の傘下に投じたが、天正元年には宇喜多直家の宿将浜口家織が岩屋城の城主になるに至った。その後、浜口頼宗が城主となり、毛利氏の勢力下となったが、織田氏と毛利氏の攻防は天正10年備中高松城の開城により終了したが、領土境を高梁川とすることに美作の毛利方の諸勢力はこれに従わず、宇喜多氏の武力接収戦が行われ、岩屋城は宇喜多氏の宿将長船越中守が城主となったが野火により焼失し廃城となった。(現地説明板より抜粋)

国道181号線沿いにある岩屋郵便局の西側の路地を岩屋川沿いに1Km位北上すると駐車場や看板があり登城口があります。
曲輪・土塁・堀切・竪堀・石垣(少々)・井戸などが残り、当時の面影を残しています。

岩屋城は登城した多くの方の評価が高く、自分も期待しての登城でしたが、正直、「あれっ」って感じでどこに高評価したのだろう( ;∀;)との思いで散策していましたが、てのくぼりと呼ばれる畝状竪堀群を見て、「おおっ」「これか」って納得。
松永弾正久秀の城、鹿背山城の畝状竪堀群と同等程度の竪堀です。皆さんも是非登城し「てのくぼり」を見学してみて下さい。お勧めです。

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城郭情報

分類・構造 梯郭式山城
天守構造 なし
築城主 山名教清
築城年 嘉吉元年(1441)
主な城主 山名氏、赤松氏、浦上氏、尼子氏、毛利氏、宇喜多氏
廃城年 天正18年(1590)
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、畝状竪堀、虎口
指定文化財 県史跡(岩屋城跡)
再建造物 碑、説明板
住所 岡山県津山市中北上
問い合わせ先 津山市教育委員会生涯学習部文化課
問い合わせ先電話番号 0868-24-8413