今日の天気は一日雨で午後から強雨の予報です。
亀山城から徒歩15分くらいで、金毘羅大權(ごん)現鳥居前(34.686278、133.787177)に着きました。
建武年間(1334年〜1338年)世野川左衛門入道祐隣によって築城されたと伝われています。
祐隣は細川定禅の執事として楠正茂の首級を千早城に届けたことで名を馳せました。以後、祐隣の子孫が代々居城して「禰屋(ねや)」と改姓しました。
禰屋氏は、戦国時代には備中の有力国人の一人で、1564年(永禄7年)龍の口合戦では龍の口城を備中の諸将と共に守備して活躍しています。
1582年(天正10年)羽柴秀吉による備中高松城攻めの前哨戦冠山合戦では、長良山城主禰屋七郎兵衛父子らが冠山城にて備中の諸将共々籠城して城の防戦に努めました。
明治時代に陸軍の演習地となったり、神社として改変されたりしています。
服部駅にある地図では長良山城の記載はありますが、亀山城の記載はありません。
別名を八幡山城とも呼ばれ、現在、北の曲輪跡には八幡神社があり、また南の曲輪には石鎚神社と碑が建っているようです。
雨が降っているので、南の曲輪には行かず、北曲輪側の登城口からハイキングコースを歩こうとおもいましたが、電車の時間の都合で登城を断念しました。
観光時間は25分くらいでした。次の攻城先=賀陽氏館へ向かう為、服部駅からJR桃太郎線を利用して吉備津駅に向かいました。
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