今日の天気は曇のち15:00頃から雨の予報です。
乙子城から車でキャンプ場の駐車場(34.642425、134.084032)に行く予定でしたが、経路を間違え4輪走行不能のルートに進んでしまいました。
素直にキャンプ場の案内標識に従っていればよかったものを大雄山方面に向かってしまいました。
慌てて引き返し、時間を無駄にしたので、キャンプ場へは向かわず、宇喜多直家生誕之地碑東側登口付近(34.645645、134.085618)の空スペースに路駐しました。
砥石城は浦上氏の家臣で、宇喜多直家の祖父である宇喜多能家によって築かれた城です。1534年(天文3年)に島村豊後守の夜討ちによって落城し、能家は自刃しました。
宇喜多氏の本領を横領した島村氏ですが、砥石城は浦上氏によって浮田大和守(能家の弟)に与えられました。
1559年(永禄2年)浦上宗景の下で再興を果たした直家は、主君浦上宗景の命により祖父の敵の高取山城主島村豊後守を討ち取り舎弟の浮田春家を砥石城主としました。
なお、直家はこの城で生まれたといわれており、登城口には「宇喜多直家生誕之地」と刻銘された石碑が建立されています。
直家が石山城を奪い岡山城を築城すると春家は後に沼城へと移り備前平定後は廃城となりました。
砥石山山頂まで登山道が整備され、登山口からひたすら登ると10分で本丸に達します。
登山口そばに「宇喜多直家生誕の地」の石碑があります。
本丸部分は展望も良く整備されて説明板があります。
本丸の東側に石垣跡もありますが、これは江戸時代末期天保年間に本丸付近に存在した金比羅宮の石垣跡のようです
攻城時間は30分くらいでした。次の攻城先=福岡城に向かいました。
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