ぬまじょう

沼城

岡山県岡山市

別名 : 亀山城
旧国名 : 備前

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昌官忠

(中国地方と兵庫県)遠征29日目:沼城 (2026/06/08 訪問)

今日の天気は曇のち15:00頃から雨の予報です。現在、雨は本降りです。
大廻小廻山城から車で10分ちょっとで、農道導入路近くの三角コーナ(34.705827、134.035562)に路駐しました。
そこから、宗形神社鳥居入口(34.705810、134.036295)に徒歩で向かいました。

築城年代は定かではないようですが、1532年(天文初年)頃に宇喜多直家の舅である、中山信正によって築かれました。
信正は金川城松田氏に従っていましたが、その勢力が衰えると天神山城浦上氏に従いました。
信正は1559年(永禄2年)直家によって謀殺され、その直家はのちに金光宗高をも謀殺して岡山城に居城を移すまで、沼城に14年間在城しました。
直家の後は舎弟浮田春家が砥石城から移りましたが、1602年(慶長6年)岡山に移封された小早川秀秋によって廃城となり、主要建造物は岡山城へと移築しました。

宗形神社への階段を上がれば本丸で、一段高い櫓台には宗形神社が鎮座しているようです。
大雨&路駐した場所が悪く走行車が気になった為、宗形神社鳥居入口で撤退しました。
攻城時間は10分くらいでした。次の攻城先=明禅寺城に向かいました。

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赤い城

別名は亀山城 (2024/10/13 訪問)

浮田小学校の先、新幹線の高架下に車を停めて登城。
畑の脇に二の丸へ向かう登城口の案内板があったのでこちらを進んで行きました。

少し歩くと段になった畑があり、ここが二の丸です。
右手に進み本丸へ。
本丸には石碑と説明板が立っています。
また、八丈島から株分けされた蘇鉄が植えられています。
その背後、一段高くなった部分には弁財天を祀る神社が鎮座します。

本丸には記念スタンプや訪問ノートが置いてありました。
「赤い城」って書こうとも思いましたがニッポン城めぐりアプリのイベントに合わせての登城だったのでそちらのHNでサインしておきました。

一旦降りて浮田小学校裏手の西出丸へ向かいました。
入口が分からなかったので見上げるのみ。
削平されていて曲輪がイメージできます。
直登しようとも思いましたが周囲には民家も多いので自重、再度本丸方面に戻りました。

最後、本丸北側の広い曲輪を歩きました。
弁財天の下あたりに井戸跡がありました。

当時は周囲が沼に囲まれる要害でその姿が亀のように見えたことから亀山城と呼ばれていたそうです。
宇喜多直家はここを拠点に勢力を拡大したことから直家飛躍の地と言われています。
そして秀家生誕の地でもあります。

砥石城、新庄山城と山城2城の後だったので良いクールダウンにもなったかな。

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赤い城

新庄山城 岡山県岡山市 (2024/10/13 訪問)

城びと未登録の城です。
三徳公園に車を停めて北側の登城口へ。
鳥居の脇に石碑と説明板が立っています。

登り始めはやや急ですがハイキングコースになっていて歩きやすく、山頂部までは20分くらい。
主郭には石鉄神社が鎮座しています。
派手な遺構はありませんが南側に向けて段になった曲輪が続きます。

4郭の先に堀切があったとされますが、ハイキングコースを造る際に埋められたようです。
両脇の藪を覗いてみるとなんとなく竪堀っぽいのが残ります。
なんとなくですが。

この新庄山城、砥石城主の浮田大和守を討ち取った恩賞として浦上宗景から宇喜多直家に与えられた城とされています。
直家にとっては2番目の居城ということになります。

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ぴーかる

宇喜多直家飛躍の城 (2024/04/13 訪問)

【沼城】
<駐車場他>駐車場はなさそう。新幹線の高架下<34.707266,134.035401>に停めました。
<交通手段>車

<感想>日帰り今シーズン山城攻めラスト旅1城目。現地説明板によると亀山城(別名沼城)の築城は戦国時代に浦上宗景配下の中山信正(勝政)によって築城されました。1559年に宇喜多直家が浦上宗景よりこの城を賜り、1573年に岡山城に移るまでの14年間、宇喜多直家の壮年時代活躍の拠点となった城跡です。宇喜多秀家もこの城で生誕したそうです。1601年小早川秀秋が岡山城主となり廃城となったそうです。
 この城は丘城で登城口は城跡南側からの階段の真っすぐ登ればすぐ主郭跡に着きます。主郭の周囲を帯曲輪で取り巻いていて所々に腰曲輪があります。北西側の麓の民家の所が大きく掘りこんでいて、大手虎口のような感じも受けました。主郭は2段構造になっていて上下段それぞれ建物があったような感じを受けました。東方向に下って二の丸跡の削平地は現在はすべて畑になっています。西方向の平地にある西の丸跡には高土塁跡が見られます。

<満足度>◆◇◇

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城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 中山信正
築城年 天文年間(1532〜1555)
主な城主 中山氏、宇喜多氏、浮田氏
廃城年 慶長6年(1601)
遺構 曲輪、石垣、土塁、堀切
再建造物 石碑(亀山城跡)、説明板
住所 岡山県岡山市東区沼
問い合わせ先 岡山市企画局情報企画課
問い合わせ先電話番号 086-803-1047