ふじなみじょう

藤並城

和歌山県有田郡

別名 : 土居の内、土居の堀、堀の内、土田城、野田城
旧国名 : 紀伊

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全景。手前は駐車場
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イオ

鎌倉期以来の遺構が良好に (2026/03/01 訪問)

有田川中流域の河岸段丘上に築かれた城館で、鎌倉期から南北朝期にかけては湯浅党他門・藤並氏の城館でしたが、湯浅氏が南朝に与して没落すると藤並氏も勢力を失い、戦国期には堅田(片田)氏が城主となったようです。

城跡南辺の堀跡に設けられた見学者用駐車場から登城開始。駐車場脇には説明板が立てられています(北辺の堀の外にもあります)。藤並城は単郭方形の城館で、城内の北半分はみかん畑になっていますが、外周の土塁と堀は良好に遺っていて、南東隅の開口部は虎口だったと推定されています。虎口から城内に入って、外周の土塁と堀を東辺から南辺まで反時計回りにひとめぐり。北辺から北西隅にかけての土塁と堀は特に状態が良く、土塁に登ったり堀に下りたり、存分に堪能させてもらいました。西辺から南辺にまわると土塁上に小さな説明板があり、南辺の土塁は鎌倉期に築かれ、室町期と戦国期に改修されていることが発掘調査により確認されたんだとか。15分もあればひとめぐりできる小さな城館ですが、鎌倉期以来の遺構が良好に遺っており、大いに見応えがありました。

なお、藤並城へは集落の狭い道を抜けて行く必要がありますが、駐車場のある城跡南側の道へは車では東側からしか入れない(西側からは狭すぎて無理)のでご注意を。案内表示は随所にあるものの、本当にここを曲がって大丈夫なのか? と集落内を何度も行ったり来たりさせられてしまいました…。
 

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昌官忠

(東海&関西)遠征14日目:藤並城 (2025/05/28 訪問)

海南駅前バス停から下津野バス停に向かうバス(有鉄バス)は1日2便&12名定員の小さなバスです。(定員オーバだと乗れません)
出発の15:43まで、海南駅で1時間20分待ちでした。ICは使えず、おつりも用意されていません。しっかり運賃分の690円用意する必要があります。(自分は700円だしておつり辞退しました)
下津野バス停から徒歩2~3分で、藤並城跡道標(34.065060、135.219591)に着きました。

築城年代、城主ともに定かではないようですが、湯浅党支配下にあった下津野三郎が城館を築き、湯浅氏一門である藤並氏、その後は湯川氏、玉置一族の堅田次郎八の居城となったようです。
堅田氏の居城として約300年つづきましたが、1585年(天正13年)に羽柴秀吉による紀州攻めで滅亡し、廃城になったそうです。

現在は果樹園になっていますが、周囲には土塁や水堀が残っています。案内板は北側の堀のところに建てられています。
攻城時間は10分くらいでした。次の攻城先=湯浅城へ向かう為、下津野バス停からバスで藤並駅に出て、そこから電車で湯浅駅に向かいました。

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小城小次郎

湯浅城とともに国史跡となった (2023/11/04 訪問)

一次史料はないと言うが、湯浅党の中で高いポジションを占めていた藤並氏が居住していた館であることは間違いない。16世紀まで使われたが鎌倉時代まで遡れることと残存状況が良いのとで湯浅城ともども国史跡の指定を受けた。

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todo94

土塁と空堀 (2019/10/13 訪問)

コの字形に土塁と空堀が残っている城館跡でした。想像していた以上に楽しめる遺構でした。近くに駐車場所は見当たらないので車でのアクセスだと少々難渋します。

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 不明
築城年 不明
主な城主 藤並氏、堅田氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(水堀)
指定文化財 町史跡
再建造物 説明板
住所 和歌山県有田郡有田川町下津野