赤埴下城からの転戦です。登城口だけでなく、案内表示がありましたので迷う事はないでしょう。コンパクトな砦を思わせる城址でしたが、虎口の土塁や、空堀などなかなか見栄えのする遺構がしっかりと残っています。郭内には巨岩や石仏などがありました。
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2026/05/11 06:55
2026/05/08 07:10
2024/12/02 20:25
北の郭 (2024/11/09 訪問)
先日は南のピークの長い土塁を投稿しました。縄張りがわからないので城郭大系を見てみたら、旧説では城の土塁と有るが(筆者は)「鹿垣と判断する」と記載があります。鹿垣‥オイオイ‥夢の無いこと言わないでよ‥と思いましたが、鹿垣に堀が付くというのはあまり例が無いので、城の遺構である可能性も有るんじゃないかな?と思います。実際の所は城を築いた本人じゃないとわからないですね。
主要部は北の郭の可能性が高くなってきましたが、南側の広大なエリアも城域である可能性も捨てきれません。
北の郭はなかなかの広さがあり、北側の切岸は急峻で北東に1m角ぐらいの石がいくつも置かれています。石の用途は不明ですが東から南にかけて土塁で囲われ、外側には堀が配されています。
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2024/12/01 21:33
南のピークを南北に長い土塁と堀が仕切る。 (2024/11/09 訪問)
城域に入って最初の郭の北側に虎口があり、その先に進むと北側にも大きな郭があります。正面に立派な虎口を備え、周囲を堀と土塁が囲んでいます。堀は東から北側へ折れ、その先の沢に続いています。この郭、切岸も険しく、なかなか防御力も高そうです。
私は主要部は南側にあるピークの周辺に有るのでは?と思っていたので、まずは東に迂回し、そのまま南に進みます。最初に入った郭の北側から東側にも土塁と堀切が続いていて、その外側を迂回するように南に進みます。
南のピークに近づくと東寄りに土塁と堀が南北に続いていて東西を仕切っています。かなり長い土塁で、なかなか面白い縄張りです。堀の内側、外側いずれが主要部になるのか、それとも北にあった郭が主要部になるのか? マイナーではありますが、興味深い城です。
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| 分類・構造 | 山城 |
|---|---|
| 築城主 | 赤埴氏 |
| 築城年 | 南北朝時代 |
| 主な城主 | 赤埴氏 |
| 遺構 | 曲輪、土塁、堀切、土橋 |
| 住所 | 奈良県宇陀市榛原赤埴上俵 |