松永久秀の河内進出の拠点であり信貴山城の出城。
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2026/09/21 21:06
2024/12/01 16:47
古代の城 後日談 (2024/11/10 訪問)
古代の城の続きです。個人的にはこちらの方が好きですね。中世の方はいささかありきたりなので‥。
古代の倉庫址が6号まで確認されていて、2号と3号の倉庫址は礎石がしっかり残っています(再現?)。3号の方は見晴らし台にもなっているようで周囲を見渡すことが出来ます。ここから先のルートは個人の判断に拠りますね。中世の高山城へのルートは裏ワザを含めていくつかあるようです。
後日談になりますが、朝護孫子寺で購入した小さい張子の虎ですが、先住みやげの赤べこたちと最初はバチバチやってたのですが、いつの間にか和解したようです。タンクモードへの合体技も習得したようで、我が家の守護神としての活躍を期待しています。留守はまかせたぜ!
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2024/11/28 19:11
信貴山城から古代の高安城へ (2024/11/10 訪問)
信貴山城を後にして古代の高安城を目指しますが、信貴山城の城域を抜けるのにしばらくかかります。柵を越えてしばらく進むと20人くらいの団体さんとすれ違います。けっこう人気のハイキングコースのようですね。柵を出て15分も立たないうちに「高安城倉庫址」の標識が見えてきました。こちらは古代の高安城と呼ばれ、白村江の戦いで日本の水軍が、唐の水軍に敗れた後に、危機感を抱いた天智天皇の命で築かれたとされています。城内には非常時に備えモミと城を蓄える倉庫が複数あったとされ、6棟が確認されているようです。
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2024/11/15 19:52
中世の高安城 (2024/11/10 訪問)
中世の高安城は信貴山城の支城という位置づけになっています。東西に郭があり西側が主郭のようですが、遺構が比較的はっきり見えるのは東の郭の北側です。中世の高安城に来る方法は近鉄西信貴ケーブルの高安山駅で降りるか、信貴山門との間を往復するバスを利用するかです(。。。)。
西の郭は道が上まで続いていますが藪に覆われ遺構は見えません。東の郭は道が無いのでよじ登って行きます。南側は藪で見通しが悪いですが北側は土塁で囲まれ、周囲に堀が巡っています。
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| 分類・構造 | 古代山城 |
|---|---|
| 天守構造 | なし |
| 築城主 | 天智天皇[古代山城]、不明[中世山城] |
| 築城年 | 天智天皇6年(667)?[古代山城]、戦国時代[中世山城] |
| 主な城主 | 大和朝廷[古代山城]、松永氏[中世山城] |
| 遺構 | 建物礎石、石垣[古代山城]、曲輪、土塁、堀[中世山城] |
| 再建造物 | 石碑、説明板 |
| 住所 | 奈良県生駒郡平群町久安寺他/大阪府八尾市 |
| 問い合わせ先 | 平群町役場総合政策課 |
| 問い合わせ先電話番号 | 0745-45-1001 |