きたのしょうじょう

北之庄城

滋賀県近江八幡市

別名 : 岩崎山城
旧国名 : 近江

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①のろし展望台
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昌官忠

公共交通のみで(東海&関西遠征)18日目(最終日):北之庄城 (2024/10/09 訪問)

豊年橋和船のりば口バス停から徒歩10分弱で、北之庄神社鳥居前(35.145617、136.090274)に着きました。

築城時期・築城者など詳細は不明のようです。観音寺城六角氏関連と考えられるとの事ですが、遺構から織田信長侵攻後にも改修された可能性が指摘されています。

北之庄神社登山口は石段上の小屋の右手を木立の中に入ります。
登山道はよく整備されており、3つの休憩所を経由して城址説明板まで20分ちょっとで到着しまた。
上段曲輪の櫓台(のろし展望台)からは水茎岡山城方面が見え、七ツ池、東枡形虎口など見所満載です。
時間があまりなかったので、かなり端折って回りました。
攻城時間は60分くらいでした。次の攻城先=浅小井城へは徒歩で向かいました。

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todo94

近江の城めぐり⑬ (2024/03/24 訪問)

近江八幡城の北の丸からのアプローチです。降雨降雪後の足元があまり芳しくないコンディションでの攻城でしたが、近江八幡城北の丸からのろし展望台まで14分ほどの所要でした。土橋、堀切など見ごたえのある遺構が目白押しです。各展望台や七つ池などの現地表示はあるのですが、城のカラーイラストにはのろし展望台以外の展望台表記がなく、現地とイラストの照合が難しいというか結局よくわからずじまいでした。くまなく城内をめぐれたとも思えませんでしたので、整備の手が入れられることを期待しつつ、再訪を期したいと思います。

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kitanosho

北之庄城のホームページができました (2023/02/12 訪問)

北之庄城のホームページができました。近江北之庄城に関して広がっているいくつかの誤解を訂正したいと思っています。
・北之庄城(岩崎山城)という城跡名からの類推で、城跡のある山の名前を岩崎山と考える方がおられますが、岩崎山は尾根続きの別の峰の名前です。岩崎山城という名前は、江戸時代の文献に由来する名称で、現在の山の名前に由来するものではありません。北之庄城(遺跡名)=岩崎山城(文献上の名前)ですが、北之庄山254m≠岩崎山278mです。
・確かに江戸時代の文献に寺院跡と推測する記事がありますが、少なくとも「阿弥陀寺」が前身ではないと思われます。阿弥陀寺は現在も八幡山の北部にある別峰の奥島山に存在し、その近くに室町期の「阿弥陀寺」跡と考えられている遺跡が存在します。
次のサイトもご覧ください
北之庄城(岩崎山城)http://uenosato.net/kitanoshojo/

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とばつびしゃもん

観音寺城の付城らしき城 (2023/11/04 訪問)

八幡城北の丸から八幡山縦走コースを行く。上り下りはあるが整備されている道を25分ほど進むと下り道との分岐点へ。そこには北之庄城縄張図や城址説明看板が設置されている。
縄張図を参考に、堀切に架けられ土橋を渡って城内へ入るとのろし展望台。当時はここで狼煙を確認したのか?そこから城の西側土塁の上を進むと7、8分で長命寺港展望台と案内板のある地点へ。その間は八幡山城全景や琵琶湖が望める。Uターンし下段曲輪の七ツ池跡に向け木々が生い茂る下段曲輪を恐る恐る進むと、それらしい跡をひとつふたつ発見。またその先に進むと大手門にあたる桝形虎口らしき遺構が確認できました。
下城は先の分岐点を下り、20分ほどで北之庄神社横へ出る。そこからラコリーナへ。有名なバウムクーヘンを食べて山城攻めの疲れを癒す。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 六角氏?
築城年 不明
主な城主 六角氏?
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、堀切、土橋
再建造物 説明板
住所 滋賀県近江八幡市北之庄町、南津田町
問い合わせ先 近江八幡市役所総合政策部地域文化課
問い合わせ先電話番号 0748-36-5529