たかさき

高崎台場

兵庫県洲本市

別名 : 由良浦大砲御台場
旧国名 : 淡路

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船乗り場付近の地図 藤堂裕氏作
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淡路橋立 (2025/12/13 訪問)

 淡路島攻略で一番楽しみにしていた高崎台場です。渡し船で成ヶ島に渡り、約3kmの砂州を歩いて高崎台場を目指します。朝は寒かったですが、日差しがあり、散歩日和になりました。
 砂州の両端近くに、成山(標高52m)と高崎(標高23m)があり、これらの山の外側が海に開いています。パンフレットを見ると、かつては、現在の砂州の中ほどに開口部(古川口)があり、成山も高崎も陸続きであったとのこと。成山がまだ地続きだったときに、姫路城主池田輝政の三男の池田忠雄が淡路6万石を与えられて、ここに築城したのですね。由良港は、小型船には良港でしたが、古川口は浅く波が高かったため、江戸期も進むと、大型の廻船問屋の船が入れないことが問題になり、1765年に北側に新川口を掘削、1789年と1823年に分けて、南側の今川口を掘削したと。
 高崎台場からは友ヶ島、和歌山市が良く見えます。友ヶ島まで4.7kmですと。高崎の林の中を行くと、旧帝国陸軍の砲台跡があります。高崎の先端まで行き、今川口を眺めました。左手に回り込めたので、東側に残る台場石垣までたどり着けるかと行ってみましたが、10枚目の写真のところで道がなくなりました。絶壁で海岸にも降りられず、元に戻って、todo94さんに倣って、テトラポットを乗り越えて東側石垣の下まで行きました。

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todo94

淡路島の城びと登録物件コンプリート (2024/12/08 訪問)

成ヶ島に渡る前に由良要塞から高崎台場を俯瞰しようとしましたが、灌木が視界を遮ってしまっていました。気を取り直して渡船発着所へ。往復料金300円を支払うとすぐに成ヶ島に送っていただけます。帰りは電話を入れて迎えに来てもらうシステムです。車は桟橋に停めさせていただくことができます。渡船発着場から高崎台場までは淡路橋立と呼ばれる砂州を通って片道3km余。折角なので巨大なテトラポットを乗り越えて東海岸側の石垣も拝んでまいりました。

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小城小次郎

近世台場と近代要塞がひとつになった (2021/09/19 訪問)

江戸時代に陸から切り離された島の上に幕府の命で鳥取藩が台場を築き、明治になって砲台となり由良要塞群のひとつとして昭和まで存続した。近世台場と近代要塞がひとつになった、ちょっと珍しい光景が広がる。

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中川藤兵衛尉

高崎台場 (2020/06/15 訪問)

幕末に建てられた台場の一つ。環境省の判断により、入城禁止です

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城郭情報

分類・構造 台場
天守構造 なし
築城主 徳島藩
築城年 安政元年(1854)
主な城主 徳島藩
遺構 石垣
住所 兵庫県洲本市由良成ヶ島高崎