【城山城】
<駐車場他>馬立里山公園前の墓地に駐車(城山城登山口)/堀部西公園駐車場あり
<交通手段>車
<見所>古代遺構:城門跡・城門築石・石積・礎石建物跡
中世遺構:曲輪・堀切・横堀・土塁
<感想>赤松氏の山城攻め、この日は一城攻魂にて行ってきました。城山城は古代神籠石系山城で7世紀中頃に築城され、中世になり赤松円心の子、6代当主赤松則祐が14世紀中頃に改修し赤松氏の詰本城とした。則祐は他に感状山城、長水城等を築城しているのでこの当時の赤松氏の権力の大きさと則祐の築城の凄さが分かる。
登山ルートはいくつかあるようですが私は馬立古墳群から登るルートを選択した。登山口にある馬立古墳群は横穴式石室古墳が20基程内部が見ることができ、帰化した朝鮮人たちの墳墓らしいので古代に城山城に大きく関わった人々が埋葬されているのであろう。古墳群を見るのも楽しめます。城山城跡まではここから2.2㎞程の登山になります。
城山城のある亀山は古代山城の特徴的である山頂部分一帯が比較的高低差の少ない広大な平坦部が多い地形となっていて、古代城山城の城域はおそらく北にある亀の池をも含む南北に長い楕円形状に城門や土塁・石積みで平坦部を取り囲んでいたのではないかと思う。現地説明板縄張り図の北側から亀岩までの間に広い平坦地があり僅かに石塁遺構が見られます。現地説明板にある縄張り図内の礎石建物跡や北端にある門の築石、西端近くにあ石塁は大野城大宰府門跡の横にある石塁と酷似しているように見えたので古代石塁を赤松氏がそのまま改修利用していたかなと感じました。
中世城山城としては、現地縄張り図の範囲が城域で赤松氏供養石仏一帯の広い削平地が主郭だったようです。北端と西端の堀切や北端近くの横堀・竪堀等は中世遺構かなあと思いました。特に気になったのが北にある石塁で石の数は僅かですが石塁の感じが白旗城の谷落としの岩や感状山城の大手門跡前にある石塁と似ていると感じたのでここは赤松氏の遺構かと思います。この石塁の南にある空堀も見応えあります。
古代山城遺構に中世の改修改変させた特異な城跡でした。4時間半たっぷり攻めましたがまだ足りてない場所もあり、まだ古代山城遺構がどこかに埋まっていそうな事を感じさせました。攻め応えありでまた再攻めしたい城跡です。
<満足度>◆◆◆
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