こうりゅうじさんじょう

光竜寺山城

兵庫県多可郡


旧国名 : 播磨

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本郭にある縄張り図
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野間城は、光竜山城、野間山城、砦いくつかの総称だと (2021/11/28 訪問)

ピーカルさんに遅れること約1ヶ月。狙ってた城びと初投稿を逃しました。
先日投稿した野間山城の後に登城。登城口の説明板に「(光竜山城は)野間城の中心と見られ」と書いてあり、下調べ不足で「???」。
在田氏は、播磨平野が山地に接する辺りの河内から、野間川を遡った、山間のこの地に本拠地を移しました。守り易さを優先したのでしょう。しかし、三木城の別所氏に攻められ落城したと。
ピーカルさんがアップされてない写真を中心にアップしました。

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ぴーかる

光竜寺山城 (2021/10/30 訪問)

【光竜寺山城】
<駐車場他>町民グランド駐車場<35.012797, 134.908438>を利用
<交通手段>車

<見所>竪堀・曲輪
<感想>北はりま攻城の旅3城目。光竜寺山城初投稿いただきます。光竜寺山城の築城年は定かではないが、築城主が在田氏となっていることから、在田氏は赤松範資の次男赤松朝範が在田殿と呼ばれたことから、南北朝時代から室町時代には城があったかと思われます。光竜寺山城は独立した山に築かれており西側の川と平地を挟んで対峙している野間山城が詰城とすれば光竜寺山城は「居城としてお客を迎えたり儀式として使われたでしょう」と現地説明版にあります。

 登城路は北と南の2つあり、南の大手道は未調査で私は北の搦手道から攻めました。北の登城口は<35.012992, 134.907794>のポイント、城跡までは15分程度で到達します。林道整備されているのでスニーカーレベルでもOKです。

 城跡は南北にはしる尾根上に曲輪を造り、主要部は北から搦手口、二の丸、主郭、下段の出丸、大手虎口、堀切を挟んで三の丸、主要部の北東部・東南部・西南部・北西部にそれぞれ竪堀が施されています。三の丸が未整備で進入不可でした。赤松氏の城だが珍しく石積遺構が見付けらなくて自分の中では立派さが無いので儀式や饗応に使われた居城というのは少し疑問に感じた。

<満足度>◆◆◇

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 不明
築城年 不明
主な城主 在田氏
遺構 曲輪、土塁、堀切、竪堀、虎口
住所 兵庫県多可郡多可町中野間光竜寺山