公共交通のみで(東海&関西遠征)8日目:烏帽子形城
(2024/09/29 訪問)
三日市町駅から徒歩20分弱で、城跡公園駐車場付近(34.4436641、135.5637232)に着きました。
築城年代は定かではないようですが、1332年(正慶元年)に楠木正成が赤坂城の出城として築いたとの伝承があるそうです。
南北朝時代には楠正成の部将高向氏が籠もって北朝方と激しく争われました。
応仁の乱以後は守護畠山氏の持城となり、家臣も石川氏や甲斐庄氏などが務めました。甲斐庄氏は橘氏あるいは烏帽子形氏とも称し、甲斐庄正治はキリシタン大名でした。
元亀年間(1570年〜1573年)に甲斐庄正治は徳川家康に召しだされて遠江の浜松へ移り烏帽子形城は廃城となりましたが、その子甲斐庄正房が旗本となり、河内の地理に詳しいことから大坂の陣で活躍、2,000石を知行しています。
1584年(天正12年)羽柴秀吉の紀州攻めにあたり、古城となっていた烏帽子形城を普請するように中村一氏に命じています。
烏帽子形城は現在、烏帽子形公園として整備されており国指定史跡となっています。
狭い曲輪、堀、土塁、堀切などが確認できます。
攻城時間は40分くらいでした。次の攻城先=金胎寺城を目指す為、河内長野駅から電車で汐ノ宮駅に向かいました。
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