江戸末期に鳥羽藩主・稲垣長明が海防のために築いた砲台のひとつです。
遺構はほぼ失われ、説明碑があるくらいだったようですが、砲台跡のホテルが廃業したことにより立入禁止になっているそうなので、先人の皆さまに倣って対岸(鳥羽マリンターミナル)から、そして答志島への定期船から遠望して「行った」ことにさせていただきます。
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2026/03/02 08:03
2024/10/23 05:24
公共交通のみで(東海&関西遠征)6日目:坂手村砲台 (2024/09/27 訪問)
鳥羽駅を出てすぐの所のドルフィン公園入口(34.486845、136.844320)に着きました。
幕末の鳥羽藩は、日本への異国船来航が相次いだことを受け、藩主・稲垣長明の命で領内に多数の砲台を構築しました。
伊勢湾口・鳥羽港という要衝に位置した坂手島には、文久年間(1861年 - 1864年)に丸山崎と田ノ崎の2か所に砲台が建設されたそうです。
このうち島の北西端にある田ノ崎の砲台跡は「坂手村砲台跡」の名で1941年(昭和16年)10月21日に三重県指定史跡に指定されました。(丸山崎の方は海風で侵食されて崩壊したそうです。)
指定当時は岬の突出地を利用して周囲を掘り下げて築いた砲台跡の地形がはっきりと残っており、その後方には焔硝蔵(火薬庫)跡も確認できたようです。
戦後間もない頃にはまだ砲台跡が維持されていましたが、その後ホテルが建設されてその敷地の一部に取り込まれ、滅失したそうです。
先人の皆さんと同様に、島に渡らず、とまり湯付近から坂手島方面を見て攻城としました。
時間がありましたので、妻へ感謝を込めて、鳥羽一番街でお土産(鳥羽といえばのお土産です)を購入しました。
攻城時間は5分くらいでした。次の攻城先=鳥羽城(唐人門跡)へは、ここから徒歩で向かいました。
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2024/10/01 22:15
近くば寄って‥ (2024/09/28 訪問)
鳥羽マリンターミナルから坂手島の西北部を回り込むようにして島の南部にある港へ到着‥ということは行きの道中に砲台の近くを通過するはず。攻略方法は人それぞれと思いますが、私としてはもう少し堪能したい。todo94さんの情報でホテル周辺は立ち入りが出来ないのは分かっているので長居する必要もない。今は東海の城攻めが優先。伊勢の島々にはまたゆっくり参りましょう。
島での滞在時間は10分にも満たないので、近くを船で通過する間が勝負です! 昔、軍艦島クルーズに参加した時は天候の関係で上陸は出来ませんでしたが、周囲を周遊することで、けっこう軍艦島を楽しむことができました。今回もその方式で、船が寄ってくれるとこまで行って、海上から横矢を浴びせてやろうと思います(パシャパシャ)。
「行けぬなら 近くまで寄ろう ホトトギス」「近くば寄って目にも見よ」ってやつです。それなりの成果があったかどうかは微妙ですが、結構楽しかったです。やっぱり船はいいですわ。
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2024/09/30 22:15
立入禁止 (2024/09/28 訪問)
坂手村砲台は幕末に鳥羽藩主稲垣長明の命で築かれたとされ、他にも菅島や安乗崎などにも築かれたようです。
坂手島には西北の田崎と東北の丸山の二ヵ所に築かれ、丸山の方は海風に浸食され崩壊してしまっているようです。城びとの城に登録されている田崎の砲台跡はホテルの建設のために遺構は残っておらず、ホテルも廃業となり立ち入りが禁じられているようです。
しかたがないので、遠くから砲台跡をパシャリ。
ちなみに私、船や飛行機は結構好きなんですよ。普段車中泊で車で移動しながら城めぐりをしているので、電車やバスの御世話になることはあまり無いのですが、船や飛行機は車ではいけない所に連れてってくれますからね。
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| 分類・構造 | 台場 |
|---|---|
| 天守構造 | なし |
| 築城主 | 稲垣長明 |
| 築城年 | 江戸時代 |
| 主な城主 | 鳥羽藩 |
| 遺構 | 火薬庫跡 |
| 指定文化財 | 県史跡(坂手村砲台跡) |
| 再建造物 | 碑、説明板 |
| 住所 | 三重県鳥羽市坂手町字田ノ崎 |
| 問い合わせ先 | 鳥羽市観光課 |
| 問い合わせ先電話番号 | 0599-25-1157 |