ごかしょじょう

五ヶ所城

三重県度会郡

別名 : 五箇所城、愛洲城
旧国名 : 伊勢

投稿する
案内板
口コミ・画像を投稿する

みんなの写真投稿

投稿する

みんなの口コミ

投稿する

しんしんちゃん

南北朝の遺跡。小ぶりな城だが居館とセットで訪問。 (2023/03/21 訪問)

五ケ所城はこの地方の豪族、愛洲氏の城です。
愛洲氏は南北朝のころは南朝側として戦いました。
天正4年(1576)この地方に勢力を伸ばしてきた織田信長の次男
織田(北畠)信雄に攻められ愛洲氏は滅亡します。
戦国の悲哀をかんじさせるエピソードですが、
城跡は城跡周辺が愛洲の里公園となっており
主郭の北西に見張り台が突き出ており、周囲を堀で囲みます。
どうやら主郭のまわりには一部石垣のようなものが残っているようです。
南側にはいくつか大小の郭を配し、小規模ながらも城郭としての形態をとどめています。
さらに南側にいくと居館跡があり、南側に今でも一部堀跡が残ります。
さらに南に道沿いに進み、道標に従っていくと塔頭が並んでいる、小高い場所に到達します。
これがまたいっぱいあるんですね。二十数基はあるようです。
いまでも地元の方が初盆に霊の供養に先立ち念仏をされているようです。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

カズサン

伊勢未踏の城廻Ⅴ 本丸二重横堀が見所 (2023/03/19 訪問)

 一之瀬城東の城西の城を終えてナビで五ヶ所城を目指すが近いからと県道721号線を選び大変な思いをしてしまう、狭く曲がりくねって離合不可の峠道、轍は有るので通行はしてる様子、対向車が来たらどうしようとの不安の約6㎞、国道260号線に出てほっとし全行程約20㎞で五ヶ所城へ、愛洲の館駐車場に到着。

 駐車場:愛洲の館の駐車場を利用(34°21'18"N 136°42'07"E) 愛洲館の南側で広い駐車場

 登城ルート:東に鍛錬の段、高くて急な石段を登る、これがきつい、登ると公園で緊急の津波の避難場所に成っている、愛洲剣士の案内板で北に本丸へ、竹林、樹木で鬱蒼としてる、本丸は二段の横堀が囲み見所?、深くて広い、本丸には案内板と五ヶ所城址の石碑、愛洲公顕彰碑が立ている、本丸から周囲の横堀を眺める。
 降りて愛洲氏居館跡を訪ねる、愛洲氏の墓所である塔頭を訪ねるが不案内でたどり着けず、元に戻って鍛錬の段の急な石段から駐車場へ、愛洲の館によって資料を頂く。
 こじんまりとして本丸を二重に横堀が取り囲んでる所が見所でしょうか、堪能しました。

 歴史は一之瀬城でも書きました愛洲氏の居城、愛洲氏は南朝方として活躍、後に北畠氏の配下として長くこの地で勢力を振るった、戦国期織田信長の伊勢侵攻で北畠氏、愛洲氏も滅んだ。
 また愛洲氏の中から愛洲移香齋久忠が誕生して、各地で修業し九州鵜戸の岩屋に籠り剣の奥義を悟って、愛洲影流を開き天下に広めた、影流は上泉伊勢守信綱に新陰流として継承され、柳生石舟斎の柳生新陰流はじめ二百余りの流派が誕生したと伝わる。
 影流の開祖である愛洲移香齋は剣術の始祖、「剣祖」として剣術家の尊敬を集めている。(案内板より)
 

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

愛洲移香斎 (2022/07/21 訪問)

 伊勢市駅より三重交通バスに乗り五カ所バス停下車、徒歩約10分で登城口のある愛洲の館へ行くことができます。そこから長い階段を上ると主郭近くへ行くことができますが、自分は川沿いの道を歩いて牛鬼の像、井戸のある所を経由して登城しました。途中、多数の地面に動くものがありびっくりしましたが沢蟹でした。見どころは二重掘りです。写真に撮るとわかりにくのですが、形状を確認することができます。それなりに道は整備されていて歩きやすかったです。石垣も所々ありますが、いつのものかはわかりません。主郭の側面にも石垣の痕跡らしい所がありました。帰りは愛洲氏居館跡を経由して降りてきました。

 愛洲移香斎という人をこの城を調べていて初めて知りました。移香斎が起こした愛洲影流は、後に新陰流、柳生新陰流など剣術の源となり、江戸時代には多くの流派が生まれたといわれています。歩いていると「日本剣道のふる里」と書かれた剣士の看板が多く立っています。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

todo94

【家×お城】登城したお城しりとり【235】 (2017/12/09 訪問)

カルビンさん、早速リクエストにお応え頂きありがとうございました。掛川古城の「こ」から、【五ヶ所城】(三重県南伊勢町)。小さな城ですが、「日本剣道のふるさと」を名告っている面白いスポットでした。次は「よ」で上杉神社となっている続100名城でよろしくお願いいたします。

+ 続きを読む

+ すべての写真を見る

城郭情報

分類・構造 平山城
築城主 愛洲氏
築城年 興国年間〔南朝〕/康永年間〔北朝〕(1342〜1345)
主な城主 愛洲氏
廃城年 天正4年(1576)
遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)
指定文化財 県史跡(五ヶ所城 附 愛州氏居館跡及墳墓)
再建造物 石碑、説明板
住所 三重県度会郡南伊勢町五ヶ所浦字城山
問い合わせ先 三重県教育委員会事務局社会教育・文化財保護課
問い合わせ先電話番号 059-224-2999