しょばたじょう

勝幡城

愛知県稲沢市


旧国名 : 尾張

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橋吉

信長誕生の地? (2011/05/03 訪問)

勝幡城(しょばたじょう)は、織田信長の祖父にあたる織田弾正忠信定によって永正年間(1504~1521)に築かれたと伝えられています。

1534年生まれの織田信長は那古野城で生まれたとされています。
しかし、信長の父である織田信秀が那古野城を奪取したのは、1538年という説もあり、勝幡城が信長誕生の地であるともいわれています。

1555年(弘治元年)、信長は主家の織田大和守家を滅ぼして清洲城を奪取すると、拠点を那古野城から清洲城へと移し、それにより次第に衰退して、勝幡城は廃城となりました。

勝幡城は、尾張国の海東郡と中島郡(現在の愛知県愛西市勝幡町と稲沢市平和町六輪字城之内)に位置しており、規模・構造については、「東西四十八間、南北七十間、大手口東西二重堀、四方に惣堀有、惣構の外南北百二十間、東西百十四間(『尾陽雑記』)」とかなり立派なものであったそうです。

二重の堀で囲まれていた館城であり、三宅川が外堀の役目をしていたと推定されます。
もっとも、周りの河川はかなり改修が進んでいるので同時の様子を想像するのは難しいと思います。

なお、この地は元々「塩畑(しおばた)」と呼ばれていましたが、縁起が悪いという理由で「勝ち旗」の意で「勝幡」と改名したといわれています。

現在の勝幡城跡は、遺稿もなく、記念碑と説明板があるのみです。

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カズサン

信長誕生の城と言われてる (2018/03/17 訪問)

 西三河未踏の城廻り最終古瀬間城(豊田市志賀町)を終えて時間と交通の混みを考慮して東海環状道、湾岸道弥富ICを経由して勝幡城に到着、車は案内板の有る道に路駐、交通量少なし。(情報とガイドは何時もの城郭放浪記さん)
 遺跡は無く案内板と石碑、織田信長誕生の地の黄色い看板、少し進んで日光川の橋に勝幡城の復元図が掲示されてる。

 勝幡城は信長の祖父織田信定が築き近くの津島神社門前、津島湊を抑え権益を確保し勢力を伸ばし嫡子織田信秀は更に勢力拡大その時期に信長誕生なのか?那古屋城で信長育つとあったが?どっちでしょうか?

 この後津島神社、津島湊跡(天王川公園)も探訪

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織田信長生誕の城 (2019/08/10 訪問)

名鉄勝幡駅より徒歩10分。織田信長生誕の城と言われています。案内板と碑が2ヶ所にありました。遺構はありませんが、勝幡駅前にはも復元模型が展示されていて在りし日の勝幡城を見ることができます。

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じゅんじん

信長誕生? (2004/03/07 訪問)

あくまでも一説ですが。

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城郭情報

分類・構造 平城
築城主 織田信定
築城年 永正年間(1504~1521)
主な城主 織田氏、武藤氏
廃城年 天文7年(1538)?
遺構 消滅
指定文化財 市史跡(勝幡城址)
再建造物 石碑、木碑
住所 愛知県稲沢市平和町六輪字城之内(地図は石碑の場所を示す)
問い合わせ先 稲沢市役所生涯学習課
問い合わせ先電話番号 0587-32-1111