おやまじょう

小山城

福井県大野市


旧国名 : 越前

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屈曲部の広い曲輪
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ぴーかる

小山城 (2026/03/14 訪問)

【小山城】
<駐車場他>駐車場はなし。登城口の北側<35.966260,136.524063>に車を寄せて停めました。
<交通手段>車

<見所>堀切・切岸
<感想>日帰り大聖寺城と福井山城旅ラスト4城目。この城も行ってみたかった城跡です。現地説明板を要約すると、小山城は室町時代前期に越前守護の斯波氏が戌山城を本城とし、支城としてこの小山城を築いたとされます。応仁の乱の後1475年に朝倉孝景は戌山城に侵攻して落城し小山城も次いで落城しました。
 城跡は独立した丘陵全体に築造された山城になっていますが、比高はそれほど高くありません。登城口に説明板があり、登り切ると最北の曲輪の南側の堀切に出ます。縄張りは尾根上の高い箇所に曲輪を設けて曲輪の前後に深い堀切があります。尾根は全体的に途中で屈曲していてL字型をしています。尾根筋の途中にも2重堀切や堀切を設けています。各々の曲輪は堀切と高い切岸で独立した感じになっています。前後して、あさんも登城投稿されていて私も同意見で、縄張りL字状の屈曲部分の曲輪が一番広くここが主郭かと感じました。堀切・切岸の高低差があって、とても見応えある城跡でした。これにてこの旅終了。走行距離626㎞無事走破。結局本格的山城攻城もこの旅をもって今シーズンも終了です。

<満足度>◆◆◆

<追記>最近は山城巡りのついでに湧水を汲みにいくのもルーティーンにしていて、こしょうずの湧水というのを以前に前を通って気になったので汲みに行きましたが、3月いっぱいまで冬期通行止めになっていました。残雪が結構ありました。

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田んぼの中に浮かぶ小山 (2026/04/28 訪問)

 斯波氏の大野支配において、戌山城、亥山城、小山城の三城は、軍事政治の面で重要な拠点の城であっただけあって、土木作業量の多いしっかりした縄張りです。一辺が短いL字形をした小山の尾根全体に郭、堀切が配置されています。L字の角が最高所で主郭らしく思いますが、説明板のイラストでは、近代の土取りで消滅した長い方の辺の先の曲輪の方が大きく書かれています。どうなんでしょう。
 登城口の説明板に、斯波義廉が朝倉氏に攻められてこの城で討ち死にした旨が記載されていますが、しんちゃんさんのつぶやきのように疑義あり。斯波義廉は、室町幕府の管領になり、応仁の乱の一方の旗頭的存在(名目上だが)であったおおものです。調べた中には、「斯波氏が同じく守護を務めた尾張に没落したが、最後の地が尾張であったか、別の場所であったかはわからない」との記載もあり、足跡を追えないようですが、討ち死にはしないような気がします。「朝倉氏は最後まで残っていた大野郡の戌山城と土橋城(亥山城)の攻略を開始し、ついに井野部・中野の合戦で二宮氏を討ち取り、斯波義敏を京都に送り返して越前一国の平定が成し遂げられました(一乗谷朝倉氏遺跡博物館HP)」がきっと最新の調査結果なのでしょう。いずれにしても、越前の中で大野が最後まで朝倉氏支配に抵抗したのは間違いないようです。

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しんちゃん

斯波氏によって築かれた戌山城の支城。なかなか見ごたえがあり散策しやすい。 (2023/12/08 訪問)

小山城は有力守護大名であり管領職を兼務する斯波氏の全盛期に斯波義兼によって築かれたとされています。戌山城の支城とされ城山の上ほぼ全域に築かれています。尾根は南端の最高所を主郭(たぶん)とし、北東と北西にV字状に展開し、それぞれに複数の郭を配しています。北東の郭には土塁を良く残し、北西には堀を挟んで二郭があり、その先に複数の郭と堀切が存在します。
西北端の遺構より先は土取りで消滅していますが遺構の損壊は数十年進んでいないようで、そのことは幸いです。案外城域は広いですが尾根上に遺構がすべて繋がっていて散策は比較的容易です。
城址にある案内板には朝倉孝景の謀反により戌山城、小山城は落とされ斯波義兼は自害したとあります。戦いに勝利した朝倉氏は越前守護に就いたと書かれていますが、そうだったっけかなあ?斯波氏に謀反を起こした千福中務大輔が朝倉孝景に討たれたという説もあったのですが、どっちなんだっけ。

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昌官忠

2022夏の青春18キップ10日目:小山城 (2022/07/29 訪問)

亥山城からの転戦です。木道登り口付近(35.966059、136.523947)に路駐しました。

築城時期は定かでないようですが、応仁の乱(1467年~77年)頃、斯波義敏と斯波氏家督を争った越前守護・斯波義廉により築かれ、家臣二宮将監を守将としたそうです。

木道を登り左(南)に行くと尾根に出ます。北西側に進むと二郭手前に堀切、さらに進むと二郭先に二重堀切があります。
戻って、左に登ると長径50mほどの広く楕円形の主郭があり、主郭南側に低い土塁があります。
攻城時間は35分くらいでした。次の攻城先=勝山城に向かいます。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 斯波義廉
築城年 延元元年〔南朝〕/建武3年〔北朝〕(1336)
主な城主 斯波氏
遺構 横堀(空堀)
指定文化財 市史跡(小山城址)
再建造物
住所 福井県大野市猪島
問い合わせ先 大野市文化財課
問い合わせ先電話番号 0779-65-5520