きのめとうげじょう

木ノ芽峠城

福井県南条郡


旧国名 : 越前

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登り口の説明板
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木の芽峠への道 (2026/05/02 訪問)

 赤い城さん、香川県コンプリートをおめでとうございます。転職、移住して公私ともに環境が変わり、大変な中、完遂されましたね。これからもレポートを楽しみにしています。
 昨年9月に木の芽峠(木の芽峠城群)を訪問した際には、バイクで、越前側の今庄365スキー場からアプローチし、林道を敦賀側に下りました。林道の終点に、道元禅師の石碑があり、木の芽峠への古来の登り口でした。これは、一度、歩いて上らねばと思い、金ヶ崎城、天筒山城に登城したのに続き、行ってまいりました。敦賀から、あるいは、近江から越前へ向かう峠道はいくつかありますが、峠に至る前に、徐々に広めの谷を登っていき、いよいよここから峠道というところまでに、既に、結構登っているのが、木の芽峠の良いところとか。幾多の著名な方や軍勢がここを行き来しました。明治天皇も。馬車で行けたのでしょうか。
 登り始めると、立派な石垣がありますが、棚田の跡ですと。今は、植林されてます。道は、峠直下まで木の芽川沿いを進んでいきます。ほぼ、木ノ芽川の深い谷を左に見ながら登って行きます。雪が積もれば険しい道行きになりそうです。崩れているところも多いですが、往時の雰囲気を感じながら登っていきます。いくつかの説明板も立っています。登りきると、峠の茶屋の茅葺き南面の一部が崩れていました。昨年9月には気が付かなかったですが。住人の息子さんと思しき方が、草刈りをされてました。茅葺屋根を公費で直してもらえると良いですね。越前方面の眺望を楽しんでから下山しました。

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鉢伏城 (2025/09/13 訪問)

 観音丸城から稜線に沿って道があり、15分ほど登ると、スキー場の建物が現れ、北東から来るリフト終点です。鉢伏の名前の通り、なだらかな頂上の最上部に、堀、土塁で囲われた鉢伏城があります。南側の堀切、土橋、土塁が迎えてくれます。本郭は長径80m程もあり、広いです。敦賀湾方向の眺望がグッドです。敦賀湾までは険しい山並みが激しく下っており、海から木ノ芽峠までの間では、道をつけにくかったのでしょう。
 リフト終点にブランコがありました。流行りの「天空」でしょうか。帰りは、とても急なコンクリート舗装道を木ノ芽峠下までたどりました。

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観音丸城 (2025/09/13 訪問)

 木ノ芽峠を西側から見下ろし、東側の木ノ芽峠城と峠道を挟んでいます。本郭は土塁で囲まれ、峠道側に虎口が開きます。木ノ芽峠城群の他の城と異なり、小ぶりの石積が随所に見られました。 
 説明板が無くなってますが、脱落した説明板·縄張り図は、峠番屋·茶屋脇の説明板枠のうしろに立てかけてありました。番屋の脇の説明板枠は本来は、木ノ芽峠城の説明板が取り付けてあるはずですが、何処へ?
 観音丸城の脇の道を鉢伏城に向かって登って行きます。スキー場からのアスファルト舗装道から分岐するコンクリート舗装道が鉢伏山山頂まで続いていると他サイトにありましたが、分岐すぐの道の傾斜に恐れをなして歩いて鉢伏城に向かうことにしました。
 赤色立体カルタの投稿イベントは夏枯れ対策にも良かったですなあ。

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西光寺丸城 (2025/09/13 訪問)

 木ノ芽峠を東から臨む、木の芽峠城から東へ200mほど行くと西光寺丸城に至ります。送電線鉄塔保守用に草木が切り払われて、夏場にもかかわらず問題なく進めます。舗装道路からの登り口もあり、道路わきに標識があります。
 木ノ芽峠城群の中では一番新しく、織田氏が朝倉氏を攻める際に備えて築城したとのこと。どうりでしっかり横堀もあります。織田氏が朝倉氏を滅ぼした後、越前一向一揆が織田軍を追い出し、木ノ芽峠城群に依りました。そのさいに西光寺五代真教の一統が立て籠もったことから西光寺丸城と言われています。木ノ芽峠城の出城的に東に続く尾根を守る位置づけのため、木ノ芽峠城側にはあまり防御はありません。
 木ノ芽峠へ引き返し、峠の西側の観音丸城へ向かいます。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 朝倉義景
築城年 永禄12年(1569)
主な城主 堀氏(朝倉氏家臣)、阿閉氏(織田氏家臣)
遺構 曲輪、土塁、堀切
指定文化財 町史跡
再建造物 説明板
住所 福井県南条郡南越前町二ツ屋