麓にも雪が残る中を登城してまいりました。敦賀方面から越前への玄関口にあたるだけあって、燧城および今庄は、源平合戦、南北朝 新田義貞、織田信長と長い歴史があります。遺構は、峻険な地形に加えて、石垣を多用し、升形、横堀も備えた、堅固な造りでした。
脇本陣が無料開放されており、下山後、立ち寄りました。ボランティアのおじさんが丁寧に説明してくれました。今庄は、本陣、脇本陣がある、街道沿いのにぎわった町で、険しい木の芽峠を超えて敦賀に出る前に、今庄で一泊するのが通常であったのですと。また、かつては、今城と書いていたのを今庄にしたとのこと。そして、江戸初期には、町内の街道の端の方に、クランクになった桝形が作られ、実際に、城砦的な役割を持たしたと。脇本陣には、12月の雪中を行進してきた水戸天狗党が遅れてきた隊員を収容するため二日間宿泊したそうで、その際の刀傷が残っていました。江戸期のうだつが上がる街並みが残り、素敵なところでもありました。
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