あさくらやまじょう

朝倉山城

福井県福井市


旧国名 : 越前

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主郭土塁
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ぴーかる

朝倉山城 (2026/03/14 訪問)

【朝倉山城】
<駐車場他>朝倉山登山用駐車場3台分程あり。
<交通手段>車

<見所>土塁・空堀
<感想>日帰り大聖寺城と福井山城旅4城目。現地説明板を要約すると朝倉山城は朝倉氏の一族で奉行衆である朝倉景連の城だそうです。また1575年には一向一揆が立て籠もり織田信長が越前進行で攻めたとあります。
 日吉神社の裏から登りました。一旦駐車場の横のアスファルト道と繋がっているようで、道に出て山道コースを選択しました。山道コースに入ってすぐに礫石が散乱している場所があり木戸口か何かの遺構かとも思いました。つづら折れに山道を登っていき600m程登ると山頂城跡に着きます。城跡は小さく、土塁盛りの主郭を中心に横堀が取り巻いていて周囲に帯腰曲輪が巻いています。南側に下段方形の副郭があります。主郭には足場組みの展望台が建てられていて鐘が置かれてあります。とりあえず鳴らして海を眺めて終了しました。地元小学生の自作看板も味がありました。

<満足度>◆◆◇

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南側からのアプローチが大手道 (2026/04/12 訪問)

 福井新聞オンライン2018年5月3日「朝倉山城跡(福井市) 戦国末期の特徴残す ふくいの山城へいざ」を参照。縄張り図がついています。城びと先人に倣って、北麓の登山者用駐車場を利用して、その横の林道から登っていきました。途中に手作りの道標があり、林道を離れて北側の急斜面を登っていきます。城域は、けっこうな土木量の造作です。主郭切岸上部に石垣の痕跡がありました。南側は緩斜面につき、段曲輪、土塁、堀切で守りを固めています。主郭の鉄骨の櫓の最上部に鐘が吊るしてあり、しんちゃんさんと同様に、大きく鳴らして、獣たちに人間がいることを知らせてやりました。
 駐車場横からの林道をそのまま進むと城域南側に出て、本来の進入路に至ります。山の西側を巡り、南東方向まで回り込むので、ちょっと不安になります。

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しんちゃん

主郭には鉄筋の展望台がある。 (2023/12/10 訪問)

朝倉山城は標高173mの朝倉山の山頂に築かれています。麓に駐車場があり林道は徒歩で登っていきます。途中に地元の子供たちが書いた旧登山口の案内板があるのでそこから山に入っていきます。道はつづら折りで山頂に向かっていくのですが、だいぶ藪に埋もれてきていて、いささか見づらいです。地元の子供たちの案内板がある所が登山道なのでそれに沿って進みます。
山頂につくと展望台がありそこが主郭になります。虎口の周囲には石積みが残り破城のあとを示しているようです。展望台の上には鐘があるので周囲の獣たちに人間がいることを知らせてやります。ちなみに主郭の下の郭には猪のウンこが落ちていました。
猪のウンこは一見熊のモノに似ていますが時間が経つとバラバラになって鹿のウンこのように散らばるそうです。
主郭の東側にはテレビ塔のある郭があり、ここが二郭になるようです。南側にもいくつか郭があって先に道があるようですが自分は来た時と同じ旧道を通って戻りました。
城主は朝倉玄蕃助景連とも言われ、「朝倉始末記」には信長の越前侵攻に備えて一揆勢が立てこもったとされる記載があるようです。

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昌官忠

2022夏の青春18キップ14日目:朝倉山城 (2022/08/02 訪問)

丸岡藩砲台からの転戦です。朝倉山登山用駐車場(36.144528、136.106882)に駐車して、すぐ近くの日吉神社前空スペース(36.144500、136.106402)から登城しました。主郭まで800mくらいあります。

詳細は不明のようで、城主は朝倉玄蕃助景連と伝えられています。また天正年間(1573年〜1592年)に朝倉氏が滅亡後、一向一揆が城を構えたとも云われています。

浜別所町バス停東に「朝倉山登口」の石碑があり、林道を進んでいくと、左に登り口があり、そこから遊歩道を登ってゆくと、無線鉄塔前に出ます。
2郭に鉄塔が建てられ、西側の最高所が主郭で展望台があります。
主郭南西側の腰曲輪の南側に堀切と土塁があります。
攻城時間は55分くらいでした。次の攻城先=鷹巣城に向かいます。

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城郭情報

分類・構造 山城
築城主 朝倉景連
築城年 戦国時代
主な城主 朝倉氏、一向一揆勢
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、竪堀
再建造物 説明板
住所 福井県福井市深坂町