よしざきごぼう

吉崎御坊

福井県あわら市


旧国名 : 越前

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蓮如上人像
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ヒロケン

御坊(吉崎山) (2026/08/12 訪問)

御山といわれる吉崎御坊跡は北・西・南の三方を北潟湖に囲まれた天然の要害で、海抜33m、面積は2万㎡の小高い丘にあり、浄土真宗中興の祖、蓮如上人が布教活動の拠点を置いた場所です。
城郭寺院という事で訪れました。石垣や堀、土塁等で固めた防御施設がある事を期待して散策したのですが、残念ながら見つけることが出来ませんでした。ですが、高村光雲3大名像といわれる蓮如上人の像や御山の麓には趣のある太鼓堂、またビュースポットから見る北潟湖など興味をそそるものがたくさんあります。

駐車場は、御山の麓に「道の駅 蓮如の里あわら」の駐車場がありますが、道の駅が開店するまではトイレはありません。また、吉崎小学校を経由していくと蓮如上人の像がある山頂に辿り着きます。こちらには数台駐車できるスペースやトイレも完備されています。
おすすめは、道の駅で駐車し御山麓の寺院を散策後に御山に登り散策した方が良いかと思います。

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本願寺第八代蓮如上人 (2026/07/09 訪問)

 文明3年(1471)本願寺第八代蓮如が北陸の布教の拠点として建立しました。しかし文明7年(1475)蓮如は吉崎御坊を離れ、その後、永正3年(1506)朝倉氏によって吉崎御坊は破却されています。跡地には高村光雲作の蓮如像が立っています。
 

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カズサン

蓮如上人の里 (2024/04/19 訪問)

 梶台場・丸岡藩砲台を終えて北陸路4番目北東に約10.4km程と通過点に吉崎御坊が在り10数年ぶりに再登城、今回の企画には入って居なかったのですが、国道305号線上に道の駅「蓮如の里あわら」が目に入り急遽立寄り登城。

 駐車場:道の駅蓮如の里あわら専用駐車場。

 道の駅から西本願寺別院と東本願寺別院の間の石垣に挟まれた狭い階段を登って約5分程で比高約40mの吉崎御坊跡地に到着。東本願寺別院には三重櫓を思わせる太鼓櫓?小型の天守閣風建物であるが江戸期からの現存。
 御坊跡地は当日、八重桜が満開で広場一杯に咲き誇っており、高村光雲作の蓮如上人像が八重桜に浮かんでいるように見えました、現在建物は有りませんが、本堂跡、蓮如上人腰掛石が残って居ます、南側西側は北潟湖に囲まれて大きな濠、北側には大聖寺川が流れて水堀の役目を果たしている、西に突出た丘陵を御坊、城郭寺院に構えた事がよく理解できます。
 丁度草刈のボランティア活動されてた方にお話を伺いパンフレットも頂きました、現在は八重桜が咲き、その以前には染井吉野桜、その前には寒緋桜が三本、三度桜を楽しめるようです。解説とパンフレットありがとうございました。
 
 蓮如上人は比叡山勢力に京都を追われて、滋賀の堅田、金森、そして北陸越前吉崎で御坊を建てて布教活動、越前、加賀、越中が真宗王国に成り約100年中世戦国期を浄土真宗の国として勢力を競った。蓮如上人も在地の守護との抗争を避けて吉崎を去り、山科本願寺更に石山本願寺へと移り、本願寺勢力はついには信長との長い10年抗争と成り、石山本願寺は信長の手に、石山本願寺跡地は秀吉により大坂城へと移り変わり。
 吉崎御坊は本願寺発展への礎、本願寺の聖地でもあります。

 11時ちょっと過ぎでしたが、道の駅で昼食「おろし越前そば」を頂きました。金曜日ですが参拝と観光で結構混んでいました。
 帰りがけに西本願寺別院に参拝して次の城郭へ移動。
 
 
 

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しんちゃん

蓮如上人ゆかりの地 (2023/12/09 訪問)

国の史跡にも登録されている吉崎御坊は本願寺大八世法主蓮如が北陸の拠点として建立した坊舎です。戦国時代は武士同士のみならず、寺社同志でも凄惨な争いや殺し合いをしていた時期ですので吉崎御坊も周囲を崖と湖(北潟湖)に囲まれた天然の要害に築かれていました。
かつて本堂や伽藍・坊舎が建っていたあたりは公園として整備され蓮如上人の像が立っています。周囲の林には幾段かの扁平地が残っているようでした。

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城郭情報

分類・構造 城郭寺院
天守構造 なし
築城主 蓮如
築城年 文明3年(1471)
主な城主 蓮如
廃城年 永正3年(1506)
遺構 消滅
指定文化財 国史跡(吉崎御坊跡)
再建造物 石碑
住所 福井県あわら市吉崎
問い合わせ先 福井県教育庁文化課
問い合わせ先電話番号 0776-20-0579