栃木で体力に不安が残ったので,上洛前に自身のポテンシャル確認のためにやってきました。越後県境付近でちょうどいい城を残しておいて正解でした。
宮崎城は,三の丸石塁や二の丸石垣などを比較的手ごろに散策できます。雪解け途中だったので,(三の丸よりさらに奥の)中の丸は残雪で踏み込めませんでした。
晴れていたのですが,北風が強く,気温が5℃くらいだったので,誰とも遭遇しませんでした。
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2026/04/18 19:57
2020/09/23 15:16
国境の城、眺望抜群 (2020/09/21 訪問)
金沢城の復元鼠多門を初見学探訪の後、以前から気に成っていて中々行けなかった国境の山城、富山県朝日町に在る宮崎城を初登城。
金沢からは北陸道を約120km程の朝日ICを降りて国道8号線を新潟県方向へ、国道8号線の横尾西交差点を東に入る県道103号線を東へ、トンネルを抜け北陸道の高架下を潜って少し行った所に案内道標左上に登る、約2kmと有る、細い舗装の道を、所々離合可能の幅在り不安になりながら登ると広い駐車場に至る、そこより徒歩で5~10分ほどで本丸に至る。(情報とガイドは城郭放浪記さん余湖図コレクションさん古城盛衰記さんによる)
歴史的には源平のころ木曽義仲の下、在地豪族宮崎氏によって築かれ以仁王の皇子北陸宮を迎え入れ御所を造り侵攻の拠点へ、戦国期は越後上杉氏、越中椎名氏の国境抗争地、戦国末期は織田軍が越中を制圧し佐々成政が入り後前田氏の領国へ江戸期、境関所が設けられ宮崎城は廃城へ。
戦時中陸軍電波技術研究所が設置される際、本丸と東側が削平、堀の埋め戻し、土橋が造られ、登城道も作られた。
本丸に土壇、周りの石垣は後世の物とか、当日地元の古老の方が偶然居ましたので聞く事が出来ました、北西に二の丸、三の丸へ、足の疲れで上り下りが辛く下を眺めるのみ、本丸北陸宮御所跡からの眺めは絶景、少し曇って日本海の蒼さは少し感じられませんでしたが親不知方向の海と山の稜線が素晴らしい。
山城では一人っきりが多いのですが当日は先の古老の男性、若い男女、と会い会話をしました、その他に人に触れませんでしたが車が
2台めったにない事です。
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2019/02/25 07:52
| 分類・構造 | 山城 |
|---|---|
| 築城主 | 宮崎長康? |
| 築城年 | 寿永2年(1183)? |
| 主な城主 | 宮崎氏、椎名氏、上杉氏、佐々氏、前田氏 |
| 廃城年 | 慶長19年(1614)以前? |
| 遺構 | 曲輪、石垣、土塁、堀切、横堀(空堀) |
| 指定文化財 | 県史跡(宮崎城跡) |
| 再建造物 | 碑、説明板 |
| 住所 | 富山県下新川郡朝日町宮崎字城山(あさひ城山公園) |
| 問い合わせ先 | 朝日町役場教育委員会 |
| 問い合わせ先電話番号 | 0765-83-1100 |