【宮崎城】
<駐車場他>城山駐車場でも上ノ山駐車場どちらでもよい。
<交通手段>車
<見所>堀切・曲輪
<感想>1泊2日富山ちょこ城巡り1000㎞旅ラスト24城目。現地説明板によると1182年、宮崎城はこの地の豪族である城主宮崎太郎康長が北陸宮(以仁王の第一王子)を迎え御所を造営されたのがはじまりとされます。戦国時代には上杉氏、佐々氏、前田家の家臣などが城主となります。江戸時代には国境の関所が設けられ廃城となります。
城山駐車場に駐車し登城しました。こちらから行くと本丸の手前の曲輪は陸軍が造ったもので、そこの公園から本丸に直結で行けます。本丸は広い帯曲輪が取り巻いています。本丸から段々に二の丸・三の丸と降りて行って、切り通し道をかなり降った所に上ノ山出丸跡があります。上ノ山出丸跡がちょうど上ノ山駐車場になっています。各々の曲輪は堀切で仕切っています。二の丸の法面石垣は古いもののように感じました。
これにてこの旅終了、山城シーズンも終わり、ちょこ城を荒稼ぎできる地域を地図を眺めて、千里浜も行きたかったし、この地域に決定しました。千里浜はドライブウェイ出来ませんでしたが、またの機会として登城は計画通り遂行できました。
<旅を終えて>富山県はまだまだ山城の登城が残っていて語るには少し足りないですが、高岡市周辺の平城跡は一向宗、富山市の平城跡は地方豪族、東に行くにしたがって上杉氏の影響力が出てきて椎名氏などの上杉氏に従属する豪族の城が出てくるように感じました。加賀の大聖寺城に行ってからの、この越中国の石碑や土塁の一部しか残っていない城跡だけれども戦国時代、一向宗の影響力がこの辺りまであった事がよくわかった旅でした。
走行距離1045㎞無事走破。
<満足度>◆◆◇
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