井波城からの転戦です。八幡宮前空スペース(36.575528、137.013552)に駐車しました。
築城年代は定かではないようですが、南部氏によって築かれたと云われます。
南部氏は南部遠江守宗継の弟宗治が足利直義に仕え、直義滅亡後に鉢伏山城を居城として代々続いていたそうです。
1560年(永禄3年)椎名氏は上杉謙信の援助を受けて神保氏を攻め、富山城から増山城へ逃れた神保氏をさらに追撃して五箇山に敗走させました。
隠尾城主南部源左衛門尚吉も上杉氏と戦って敗れ尚吉は討死、子の源右衛門は一時飛騨国へ逃れていたが後に戻り城跡の近くに住んだといいます。
隠尾城は鉢伏山の南中腹にある隠尾集落に築かれていたようです。
北を除く三方が急峻な地形で、北側の道路との間が堀跡と伝えられ、一部池になっています。
主郭は中央が一段高くなっています。二郭方面はやぶ状態で行けません。
攻城時間は20分くらいでした。次の攻城先=千代ヶ様城に向かいます。
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