飯島陣屋は天領を治めるために江戸幕府によって作られた出張陣屋で、通常3人程度の人数で運営されていたようです。目の前に断崖が迫っており、その上に住宅地があります。河岸段丘と思われていた時期もあったようですが、今では断層であることがはっきりしており(田切断層というらしい)寛文12年(1672)の創設から江戸時代の終了まで200年ほど断層上にあったようです。江戸末期には天狗党の残党がこの周辺を通過しており、飯島陣屋は門をかたく閉ざして貝殻のようにじっとして天狗党が通過するのをやり過ごしたようです。実質三人では戦闘力は無いに等しいので、それ以外に方法は無かったようです。こんな小さな陣屋ですが明治初期には伊奈県32万石相当を管轄していたようです。
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