【顕法寺城】
<駐車場他>登城口手前<37.203731, 138.409577>のポイント先の砂利道に退避スぺースが見えています。電気柵を外す。
<交通手段>車
<見所>堀切・尾根曲輪
<感想>1泊2日上越の城攻め旅2日目ラスト6城目。上越観光Navi のホームページに顕法寺城は「南北朝時代の1355年、越後守護であった上杉憲顕の子、憲将(南朝方)らは、越後北朝方を討つため、ここ顕法寺城で挙兵し戦いを繰り広げました。また戦国時代は春日山城の支城、上杉氏の家臣で、伊崎次郎右衛門、丸田左京が居城したと伝えられています。」とあります。
現地は①~⑪の順路案内版があります。登城路は2つありますので①からでも⑪からの逆走でもどちらからでもいいです。私は順路通り登城しました。上記砂利道を進むと登城口②があり山に入ります。反時計回りに尾根上をつたって1周する感じです。六地蔵⇒顕法寺⇒自害谷の碑(仇討ちに失敗し無念の自害を伝説の主従への供養塔)のある曲輪⇒尾根曲輪を通り主郭の搦手から主郭に入ります。途中、顕法寺から電線の鉄塔までの間に堀切があるので城の遺構はここら辺からかと感じます。主郭に入る手前に馬寄せ・大手口跡のある広い曲輪があります。主郭にはビリケンさんみたいなお顔の超可愛い毘沙門天石像があります。主郭は私が見るに、上下2段になっていて本丸跡の看板がある山頂は大土塁上の櫓台か物見台のように感じました。奥の下段の削平地も同等の広さがあり、周囲を高い切岸で囲んでいます。順路の下山道の方は後世にできたものでしょうか、堀切等の遺構は見受けられませんでした。
これにてこの旅終了。少し時間が早かったのですが、長峰温泉ゆったりの郷で温泉に入り、レストラン味彩にて海鮮丼を食べて帰路に着きました。上越を満喫しました。走行距離1070㎞無事走破。
<満足度>◆◆◇
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