三崎城は三浦市役所、旧三浦中学校、三浦小学校のある丘陵一帯に築かれていて、市役所の東の坂を登った先の道沿いに案内板と石碑が立っています。案内板のある旧三浦中学校の南側にはかつての土塁らしきものが残っています。
三浦一族の本拠・新井城の重要な支城でしたが、三浦義同が北条早雲に敗れ新井城で滅んだ際に、三浦城もまた落城したようです。
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2025/12/24 22:15
2025/05/09 21:03
ここでリーチをかけました… (2025/04/27 訪問)
新井城から,「シーボニア入口」バス停まで徒歩で戻り,「三41」系統のバスで「油壺入口」バス停下車。ここより,徒歩約20分で到着しました。
道路ワキに碑&パネルが設置されており,散策に手間はかかりませんでした。
三崎めぐりを終え,復路は「天神町」バス停より「三61」系統のバスで,「三崎マグロ駅」へと…。
撮れ高がショボいので,この日の夕食「茅ヶ崎 海ぶね ODAKYU湘南GATE藤沢店」で食べた「ざるそばと天丼のセット」と,おみやげで購入した「横須賀海軍カレー」の画像も追加します。
神奈川県の城びと登録城,ここでリーチをかけました。
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2022/10/15 21:18
新井城の支城 (2022/09/23 訪問)
三崎中学校や三浦市の市庁舎が城跡の中心部です。
市役所の駐車場に車を起き歩きました。
中学校グランド脇に説明板が立っています。
搦手側に歩いて行くと土塁が残っています。
忠魂碑の後ろ側の土塁や堀跡は雰囲気があります。
駐車場に戻り、土塁を見たあと三崎港の方を歩いて見ました。
やはりマグロの街、結構賑わっていました。
お昼時だったので。マグロ丼にしようと思いましたがリーズナブルにマグロラーメン。
これはこれで美味しかったです。
大河ドラマでお馴染み、三浦氏の城です。
新井城の支城で戦国時代にも北条氏配下となった三浦水軍の拠点となりました。
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2022/07/10 21:41
北条水軍の拠点を感じに三崎城へ (2022/05/29 訪問)
小田原北条氏の支城巡りの一環として、5月末に神奈川県三浦市の三崎城を訪問。
三浦半島の南端、海岸線が複雑な海食台地の一角に築かれた三崎城。
海路では相模湾と東京湾の境にあたり、城ヶ島が天然の防波堤となるこの地は現在も漁港の町。
築城時期は不明ながら戦国期に三浦氏が水軍を置いており、北条時代には安房の里見氏と戦ってきた水軍の城。
4代氏政の時代からは、弟で韮山城主の氏規が城主を兼務しました。
現在、東エリアは市役所が残るものの、他の公共施設は解体されほぼ空地状態。
西エリアには小学校と2つの寺院があり、江戸中期に移転してきた本瑞寺は元々源頼朝の別荘地。
光念寺は鎌倉初期の創建とのこと。
実際に訪れると、やはり城の雰囲気は薄く、土塁と堀と土橋の面影がある慰霊堂付近が最も色濃い場所でしょうか。
掘れば馬出などの堀が出てきそうで、今後の土地利用が気になるところ。
こちらも土塁が残る2つの寺院は、弁天堂や江戸期の門と鐘があるキレイなお寺。現在は住宅群で半分遮られていますが、まだ城ヶ島の嘗ての景勝ぶりが感じられました。
ついでにマグロを味わえればベターでしたが、食より次の目的地へ向かった私の城巡りの127城目でした。
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| 分類・構造 | 平山城 |
|---|---|
| 築城主 | 三浦氏 |
| 築城年 | 不明 |
| 主な改修者 | 後北条氏 |
| 主な城主 | 三浦氏、後北条氏 |
| 廃城年 | 天正18年(1590) |
| 遺構 | 土塁 |
| 再建造物 | 石碑、説明板 |
| 住所 | 神奈川県三浦市城山町 |
| 問い合わせ先 | 三浦市教育部生涯学習課 |
| 問い合わせ先電話番号 | 046-882-1111 |