巨岩に覆われた山城・富士の眺望も最高
(2023/05/04 訪問)
連休天候等条件が合わず連泊の遠出は諦めて日帰りの甲州路城探訪へ、2~3年前に整備復元された新府城丸馬出・三日月堀を是非見たい事と、数年前から登らな成らないかな?との湯村山城を目指して早朝浜松を新東名、中部横断道、中央道、双葉SICを走行し湯村山城の登城口である、甲府市緑が丘スポーツ公園西奥の駐車場に車を駐める。駐車場の緯度経度(35°40'59"N 138°32'26"E H=290m)
比高は湯村山446mなので290mを差引くと156mと成ります、私としては登城は一大決心、大勢のハイカーが登っていました、子供連れの団体、老若男女、奥の車道から入り50m程行くと車進入禁止のアスファルト舗装の登城路へ、烽火台まで約25分と案内あり。道は護岸に石垣と成り、クヌギ林?の木漏れ日、やっや風あり、新緑若葉と素晴らしい樹林、森林浴です、根気、脚力に自信の無い我が身ですので1歩1歩ゆっくりと周辺を見ながら登りました、道は6曲がり位で新しく復元整備されて烽火台に到着45分程掛かりました。
烽火台は案内板によると、信玄公の生誕500年を迎える整備事業として令和4年10月建てられた様です、案内解説板に甲州の主な城郭、烽火台砦跡も記されて湯村山城を築いた信玄の父信虎、信玄時代の烽火リレーション、情報伝達の仕組みを語っていました。
烽火台からは湯村山城には分岐点が有り東コースと西コースが有り本丸南側で合流します、私は東コースの石垣が見える方を選び、石垣を見ながら本丸方向へ、石垣の時代は良く分かりません、湯村山城整備の近代かもしれません、巨岩に覆われて、巨岩が石垣の様、岩の上に石積、本丸頂上部に東屋が在りますがその手前から曲輪部分に入り込み、曲輪の痕跡、堀跡、土塁跡、井戸跡、石積などを余湖図コレクションさんの俯瞰図を頼りに探訪、東屋に着き、皆さんが絶景を投稿されてる富士山を遠望、足は筋肉痛ですがほっとした時間を頂きました、大勢のハイカーさんと若干話したり、東屋は本丸部南東角、湯村山頂上の標柱446mが光ります。
標柱と富士山を一緒の撮るのですがコントラスト比が大きくて、標柱に合わせると富士山が飛んでしまいしまい、富士山に合わせると標柱が暗く、別々に撮りました。
東屋から西コース登城路へ、南端に別の段曲輪が在ります、上から見るだけ、中ほどに石積の祠・湯村山金毘羅宮が道沿いに鎮座、井戸跡の標識有り訪ねる、北西角辺りから坂にて下り道、その辺りの岩、巨岩が本丸虎口門のような気がしましたが?その東側に本丸群の切岸、その下に横堀が確認できます、二股分岐点に合流して1周した事に、烽火台に戻りました。
健脚の方は積石塚の湯村山1号墳辺りの曲がり角から巨岩に覆われた樹林の中を登る道が在ります、本丸部の東屋辺りにつながっていました。
登りたい城に印を付けて3年程ですが所要時間2時間、やっと登れました。
情報とガイドは、何時もの古城盛衰記さん余湖図コレクションさんグーグルマップに依ります。
続きに登城路編を投稿します。
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