2019/05/31
お城ライブラリー vol.22 東村アキコ著『雪花の虎』
お城のガイドや解説本はもちろん、小説から写真集まで、お城に関連する書籍や映画などを幅広くピックアップする「お城ライブラリー」。今回は東村アキコが描く、歴史が苦手な人にこそおすすめしたい歴史マンガ。女謙信を主人公にした、優しさと涙とちょっぴり恋愛模様も混ぜ合わせた作品である。
東村アキコが描く、女・上杉謙信一代記!
戦国時代、「越後の龍」と恐れられた戦国武将・上杉謙信。川中島でライバルの武田信玄と一騎討ち、ことわざにもなった敵に塩を送る行為など数多くの逸話が残り、戦は負け知らず。義を重んじたその姿から、人気の高い武将のひとりだ。そんな彼には「実は女性だった」とする説がある。
この女性説を採用したのが、マンガ『雪花の虎』である。作者の東村アキコは『海月姫』『東京タラレバ娘』などで、女子のリアルな描写と、女子の本質にズバッと切り込む辛口さで女性に根強い人気を誇っている、話題の漫画家だ。実は東村アキコ、かつて高校の教科選択ではわざわざ地理を選択するくらい、特に日本史に興味を持っていたわけではない。そんな彼女が、なぜ本格的な歴史モノに挑戦したのか。
きっかけは、ふと目にした「上杉謙信女性説」から「上杉謙信が女だったらという歴史漫画なら描けるかもしれない」と思い立ったこと。さらに漫画の掲載が決まったあとに、謙信の生まれ故郷・上越市への現地取材で、「私はその女謙信を描くしかない」と強く思ったという。
謙信が終生居城としてた春日山城といえば、典型的な山城であり、ひとつひとつの曲輪の面積が小さい。さらに新潟は雪が多いため、謙信の時代は平屋しか建設できなかった。作者はドラマでのイメージとは違う質素な戦国時代の城に驚くと同時に、謙信をはじめ長尾家の暮らしぶりが見えてきたのだという。さらに謙信が幼い頃修行していた林泉寺に伝わる肖像画を見て、作者は“謙信は女性だ”と確信。かくして女謙信の物語がスタートしたのである。
謙信が女だったという証拠となるようなエピソードが、作中ではたくさん紹介されている。兄の晴景を殺さずに隠居させたことも、虎千代を頼って逃げてきた関東管領・上杉憲政のためにわざわざ屋敷をたててあげたことも、女としての優しさゆえ。そしてなにより、女のための寺・善光寺が目と鼻の先にあるから、川中島の戦いを12年間も続けたのではないか・・・。そんな大胆な仮説を打ち立てている。
さらにこのマンガで特徴的なのが、歴史が苦手な人向けの工夫が凝らされている点だ。たとえば、細かい歴史上の背景を語るページでは、誌面の上半分で真面目な解説を、下半分で「アキコのティータイム」と称した、作者が雑談や近況報告をする(ついでに超かいつまんで時代背景を説明する)スペースが用意されている。小難しい説明をとばして読んでも楽しめる仕様になっているのだ。これ以外にも、必要な箇所に応じて作者が“出現”して、フランクな口調で補足をしてくれる。たとえば春日山城については、「戦国時代には『天守閣』ってなかったらしいよ☆ しかも春日山城からは石垣も瓦も出土してないんだってさ!!」との説明。また、上杉定実が登場した際に、定実を県知事、長尾晴景を副知事に例えるなど、人物の立ち位置を現代に置き換えて解説してくれる。
もちろん、女性主人公だからこその恋愛要素も忘れていない。歴史に苦手意識を持っている人、戦国時代なんてわからないという初心者にこそ手にとってもらいたい、少女マンガ×歴史オンチも大丈夫な歴史モノ。いざご覧あれ。
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執筆者/かみゆ歴史編集部(二川智南美)
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。主な城関連の編集制作物に『日本の山城100名城』『超入門「山城」の見方・歩き方』(ともに洋泉社)、『よくわかる日本の城 日本城郭検定公式参考書』『完全詳解 山城ガイド』(ともに学研プラス)、『戦国最強の城』(プレジデント社)、『カラー図解 城の攻め方・つくり方』(宝島社)、「廃城をゆく」シリーズ(イカロス出版)など。