お城ライブラリー vol.20 南條範夫著『古城秘話』

お城のガイドや解説本はもちろん、小説から写真集まで、お城に関連する書籍を幅広くピックアップする「お城ライブラリー」。今回は「残酷もの」というジャンルを築き、ブームを引き起こした南條範夫氏の一冊。日本全国の城にまつわる伝説や逸話を取り上げ、人間模様を描く。



秘話、裏話、伝説…城を題材に人間模様を描いた傑作短編集

「南條範夫」をご存じだろうか。「残酷もの」と聞けばピンとくる方もいるかも知れない。映画好きなら『武士道残酷物語』(中村錦之介〈萬屋錦之介〉主演)、時代劇好きなら「月影兵庫」シリーズ(近衛十四郎〈松方弘樹の父〉主演)、マンガ好きなら『シグルイ』でおなじみジャンルのことだ。南條範夫はこれらの原作を書き上げた作家である。「残酷もの」は好きだが南條の名を知らなかったという方は、これを機に南條作品に触れることをオススメする。

本作『古城秘話』は、全国30の古城にまつわる伝説や逸話を取り上げた短編集である。樺太探検で有名な間宮林蔵が薩摩藩に潜入する「鹿児島城の隠密」から始まり、石垣の一部が人の顔のように見える人面石にまつわる伝説の真偽を問う「大坂城の人間石」、大坂の陣で真田信繁(幸村)を討ち取る功績を立てるも、恩賞に不満を抱いて乱行を重ね改易となった松平忠直の人間性に迫る「福井城の驕児」など人間絵巻は北へ北へと進む。

そして、関東大震災で崩れた江戸城伏見櫓から人骨が見つかった事件の謎を推理する「江戸城の白骨」、川越藩、庄内藩、長岡藩による三方領地替えに対し、庄内藩の領民が反対一揆を起こして幕府の決定を覆した「鶴ケ岡城の反骨」といった話を経て、北海道に至る。嫉妬に狂い、讒言を真に受けた藩主の悲哀を描いた「松前城の井戸」が最後の短編だ。南から北へと進む城の掲載順が、幕末の官軍の進路を思わせる。

淡々とした語り口の本文は切れ味鋭く、各城7ページという短い文章の中に、登場人物の心理描写、無駄を排したセリフによる臨場感、通説の矛盾点を指摘するなどといった説得力のある考証がちりばめられている。「私は古い城址を見て歩くのが好きである。全国の主な城址はたいてい見て回った」と南條氏はあとがきで述べているが、その情熱はしっかりと行間から感じ取れる。

文庫版の最後には「戦わざる巨城」と題した南條氏による江戸城の論考が掲載されているが、この論考がまた素晴らしい。どのくらい素晴らしいのか、本書の解説を書いた伊東潤氏が論考についてこう述べている。「当時から飛躍的に研究の進んだ現代にあっても、全く色あせていない。南條範夫恐るべしである」と。

短編集なので興味のある城、身近な城など、好きなところから読み始めてもらいたい。すぐにほかの城の短編も読みたくなるはずだ。


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[著 者]南條範夫
[書 名]古城秘話
[版 元]筑摩書房(ちくま文庫)
[刊行日]2018年(初版刊行は1974年)


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執筆/かみゆ歴史編集部(丹羽篤志)
書籍や雑誌、ウェブ媒体の編集・執筆・制作を行う歴史コンテンツメーカー。日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなどを中心に、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける。最近の編集制作物に『天皇〈125代〉の歴史』『マンガ面白いほどよくわかる!新選組』(西東社)、『さかのぼり現代史』『日本の信仰がわかる神社と神々』(朝日新聞出版)、『ニュースがわかる 図解東アジアの歴史』(SBビジュアル新書)、『ゼロからわかるケルト神話とアーサー王伝説』(イースト・プレス)など。

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