【日本100名城・安土城編】 築城からわずか6年で消えた織田信長の名城

安土城は織田信長が築城。高層の天主(天守)がそびえた革新的な城として、知名度は抜群です。一方で、築城からわずか6年で焼けてしまったため、数多くの謎が残っています。ミステリアスな存在である安土城の魅力をご紹介します。

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登城者を圧倒する石造りの大手道

総石垣で造られた最新鋭の城郭

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琵琶湖東岸にある標高約199mの安土山

JR琵琶湖線「安土駅」から北東に約2km。琵琶湖湖畔の安土山(滋賀県近江八幡市)に安土城は築かれました。天正4年(1576)、織田信長はライバル関係にあった大名、武田勝頼との長篠の戦いに勝利。天下統一の拠点として安土城を築き始めました。総奉行として築城を担当したのは、当時、佐和山城(滋賀県彦根市)主だった丹羽長秀(にわながひで)。安土は、中山道を押さえる戦略的に重要な土地でした。

城内に入るやいなや石垣造りの登城路「大手道」(おおてみち)が出現。安土城の大手門(正面玄関)から山頂部に築かれた天主や本丸に至る重要な道です。道幅は約6~7m、両側は幅約1m強の側溝と高さ3mの石塁によって囲まれており、180mも直線的に続いています。

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大手道の両側には羽柴秀吉や徳川家康が構えたといわれる屋敷跡が残る

大手道の両側には、雛壇のように郭が配されています。伝羽柴秀吉邸跡・伝前田利家邸跡、伝徳川家康邸…とそうそうたる武将の屋敷跡が並びます。どの武将の屋敷跡にも「伝」という文字が入り、はっきりとは分からないミステリアスな存在が浮かび上がります。

安土城は中心部の城壁をすべて石垣とし、五重の天守を建て、本丸内に豪華な御殿を建て並べた、近世城郭の先駆となった最新鋭の城郭でした。しかし、天正10年(1582)6月2日に起きた本能寺の変で、織田信長は自刃。本能寺の変の後に、明智光秀が安土城に入城しますが、織田信長の後継者争いとして羽柴秀吉との一大決戦へ臨むため、数日で安土城を発ってしまいます。明智光秀が安土城を離れた後、安土城は原因不明の放火によって天守と本丸が焼失。6月14日から15日にかけて安土城は炎上したとされます。築城からわずか6年。城内に残る石垣や建物は八幡山城(滋賀県近江八幡市)を築く際に移され、さらには城下町も八幡山へ移転されてしまいました。

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伝羽柴秀吉邸主殿。接客や生活の場として使われていた

安土城と琵琶湖上のネットワーク

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安土城中枢部へとつながる黒金門跡

大手道を上っていくと、ひと際大きな石垣に出合います。安土城中枢部への主要な入口のひとつ黒金門跡。黒金門をくぐると東西180m、南北100mに及ぶ周囲は、強固な高石垣で固められています。天主を中心に伝本丸跡・伝二の丸跡・伝三の丸跡などの郭で構成。建物の跡は残っていませんが、400年以上も崩れることなく、ほぼ原型を保ってきた石垣が残り、築城技術の高さに驚かされます。

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往時の礎石が残る安土城天主台跡

天主台跡からは琵琶湖を一望できます。安土城は、琵琶湖を利用した経済や軍事上のネットワークを構築するのに不可欠でした。安土城の対岸には、織田信長の甥である織田信澄(のぶずみ)の大溝城(滋賀県高島市)、琵琶湖北岸には羽柴秀吉の長浜城(滋賀県長浜市)、琵琶湖南岸には明智光秀の坂本城(滋賀県坂本市)が立ち、安土城とともに琵琶湖上にネットワークが形成されていました。

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天主台跡から琵琶湖を望む。天主は琵琶湖を一望できる重要な場所にそびえていた

「天下布武」御朱印のある摠見寺

摠見寺(そうけんじ)は、織田信長によって安土城内に創建された本格的な寺院です。元々は天主と城下町を結ぶ途中にあり、安土城を訪れる人々が摠見寺の境内を通って織田信長へ参上した記録が残されています。本能寺の変の後、安土城炎上では類焼をまぬがれたものの、江戸時代末期の火事で焼失。その後は、大手道脇の伝徳川家康邸跡に寺院を移して現在に至っています。

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摠見寺跡に残る摠見寺三重塔(国重要文化財)

織田信長ゆかりの寺院としてファンの多い摠見寺。「天下布武」の文字が入った御朱印帳や御朱印が手に入ります。「天下布武」とは、天下統一を意識した織田信長が朱印に用いた印章の印文です。摠見寺跡と摠見寺の両方とも見逃さないようにしてください。

安土城と一緒にまわりたい観音寺城と3つの資料館

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石垣を多用した、中世最大級の山城といわれる観音寺城

安土城への最寄り駅、JR安土駅からは観音寺城(日本100名城)本丸跡まで約4kⅿ。戦国時代最大級の規模をもちますが、織田信長が近隣の城を猛攻するすさまじさに、城主であった佐々木六角(ろっかく)氏が捨てて逃げてしまったとされます。安土城が採用した総石垣の先駆でもありました。

また、JR安土駅周辺には安土城関連の史料を展示する資料館が3つあります。「安土城郭資料館」、「安土城天主 信長の館」、「安土城考古学博物館」です。安土城郭資料館は、JR安土駅南広場に立つ城郭を思わせるような建物の資料館。中世の安土に関ずる資料のほか、安土城のひな形20分の1のスケールで再現されています。

「安土城天主 信長の館」は、1992年に開催されたスペイン・セビリア万博へ出展された安土城天主5、6階部分が、原寸大にて復元されています。VR(バーチャルリアリティ)安土城シアターでは、約15分間(最終上映/午後4:20)のショートムービーも鑑賞できます。

「安土城考古学博物館」は、城郭の調査研究や土器等の考古資料の調査、整理、復元を行い、成果を公開。安土城跡の復元模型や発掘調査の成果、織田信長関連の資料を展示。ほかにも観音寺城や小谷城、佐々木六角氏や浅井氏に関する資料も展示されています。

観音寺城や資料館も一緒にめぐれば、安土城を一層深く味わえるはずです。


安土城
住所:滋賀県近江八幡市安土町下豊浦 
電話番号:0748-46-4234(安土駅前観光案内所)
入城時間:9~16時 ※終了時間は季節により変動あり
入城料:安土城跡入山料700円(摠見寺拝観料 別途500円)
アクセス:JR東海道本線「安土駅」から徒歩約25分で登城口、登城口から天守台まで徒歩約25分

安土城郭資料館
住所:近江八幡市安土町小中700
電話番号: 0748-46-5616
開館時間:9~17時(入館は16時30分まで)
定休日:月曜日 年末年始
料金:大人200円
アクセス:JR琵琶湖線「安土駅」から徒歩 1分

安土城天主 信長の館
住所:滋賀県近江八幡市安土町桑実寺800
電話番号:0748-46-6512
開館時間:9~17時(入館は16時30分まで)
定休日:月曜(祝休日は除く)、祝休日の翌日
料金:大人600円(常設展や企画展、特別展とのセット料金もあり)
アクセス:JR琵琶湖線「安土駅」から徒歩25分

安土城考古学博物館
住所:滋賀県近江八幡市安土町下豊浦6678
電話番号:0748-46-2424
定休日:月曜(月曜が祝日・休日の場合は翌日)
開館時間:9時~17時(入館は16時30分まで)
料金:大人450円
アクセス:JR琵琶湖線「安土駅」から徒歩25分

執筆・写真(一部)/藪内成基(やぶうちしげき)
奈良県出身。30代の城愛好家。国内旅行業務取扱管理者。出版社にて旅行雑誌『ノジュール』などを編集。退職し九州の城下町に移住。観光PRやガイドの傍ら、「城と旅」をテーマに執筆・撮影。


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