【熊本県のお城】 加藤清正だけじゃない!インパクト強い城主たちの築いた城

熊本城のイメージが強い熊本県ですが、熊本城を築いた加藤清正以外にも、熊本県のお城には印象的な城主が揃います。肥後宇土城主であり、加藤清正とライバル関係にあったキリシタン大名・小西行長、今年世界遺産に登録された天草地方を治め、加藤清正と戦ったキリシタン武将・天草氏、700年も続いた名門の相良氏…そんな城主たちが築いた城や古代山城など、熊本県にある6城をご紹介します。

熊本城
上層部が見えるようになり、真新しい姿を見せる熊本城大天守

熊本県にあるお城は?

熊本県のお城といえば、「築城の名手」加藤清正が築いた熊本城ですが、熊本県には熊本城のほかにも「日本100名城」に選定されているお城、人吉城があります。また、2017年選定の「続日本100名城」には、古代に築かれた古代山城のひとつ、鞠智城と、加藤清正の次男・加藤忠広が築城した高石垣が自慢の八代城が選定されています。さらに熊本県といえば天草地方が今年6月に「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」として世界遺産登録され話題の天草半島を代表する本渡城やキリシタン大名・小西行長が築いた宇土城跡もこの機会に訪ねてみたいですね。

■熊本城(日本100名城)

熊本城、宇土櫓
「第三の天守」ともよばれる熊本城宇土櫓は熊本地震でも倒壊しなかった。小天守(左)と大天守(右)は復旧工事が進む

熊本城は、加藤清正が築き、慶長12年(1607)に完成した大城郭。2016年4月14日・16日に起きた熊本地震で大きな被害を受けるものの、大小天守や飯田丸五階櫓をはじめ、復旧が進んでいます。今年4月に大天守に鯱(しゃちほこ)が載り、10月には上層部を覆っていた工事用足場も解体され、真新しい大天守の姿を見せています。明治10年(1877)の西南戦争では、熊本城内に新政府軍が籠城。西郷隆盛軍は攻めるものの、堅固な熊本城を攻略できませんでした。この西南戦争の際に原因不明の火事があり、大小天守を始めとする本丸の大部分は焼失。「第三の天守」ともよばれる宇土櫓は焼けずに残りました。

所在地:熊本県熊本市本丸1-1
アクセス:JR鹿児島本線「熊本」駅から熊本市電で約10分「熊本城・市役所前」下車、徒歩約10分 
楽しみ方:復旧現場見学 資料館(熊本城ミュージアム わくわく座) 城下町散策


■人吉城(日本100名城)

武者返石垣、人吉城

人吉城の武者返石垣。石垣上部には石材が突き出す「撥出」が用いられている

約700年もの間、相良(さがら)家が城主として治めてきた人吉城。建久9年(1198)に地頭として人吉荘に赴任した相良長頼(さがらながより)の築城と伝えられ、急峻な山地に囲まれた土地を生かし、外敵の侵入を拒み続けてきました。天正17年(1589)に相良長毎(さがらまながつね)が大改修を行い、現在みられる石垣は、寛永年間(1624~1644)頃に完成したと考えられています。急流として知られる球磨(くま)川を外堀として利用しているのもこのお城の特徴です。また、「武者返石垣」は、文久2年(1862)の火災をきっかけに取り入れられた西洋式石垣で、大きな見どころのひとつでもあります。人吉城についてもっと知りたい場合は、人吉城歴史館がおすすめです。ここでは、相良家の屋敷跡で発見された井戸のある地下室などを見ることができます。

所在地:熊本県人吉市麓町18-4
アクセス:JR肥薩線「人吉」駅から徒歩約20分 
楽しみ方:武者返石垣 球磨川 資料館(人吉城歴史館)


■鞠智城(続日本100名城)

鞠智城、八角形鼓楼
国内では類例のない鞠智城八角形鼓楼。高さ約15.8mもある

鞠智城(きくちじょう)は、7世紀後半から10世紀中頃まで約300年間も存続したとされる古代山城(こだいさんじょう)です。
文武天皇2年(698)に修復されたという記録があり、築城されたのはそれ以前だったと考えられています。また、このお城は、大宰府を守るという役割があったとされる大野城や、同じく大宰府近くの基山(きざん)にあった古代山城、基肄城(きいじょう)に武器や食糧を送る基地として存在していたと考えられています。みどころは、八角形をした独特の建物「八角形鼓楼(ころう)」。国内の古代山城では似たものがないといわれている珍しい形の鼓楼です。鞠智城への起点となる「菊池プラザ」停留所近くには、「美肌の湯」として知られる菊池温泉があります。お城の見学とともに温泉を楽しんでみては?

所在地:熊本県山鹿市菊鹿町米原443-1
アクセス:JR鹿児島本線「熊本」駅から熊本電鉄バス「菊池温泉・市民広場前」行あるいは熊本電鉄バス「菊池プラザ」行きで約1時間20分「菊池プラザ」下車タクシーで約5分
熊本空港から空港リムジンバスで約50分「熊本交通センター」下車、「熊本交通センター」から熊本電鉄バス「菊池温泉・市民広場前」行あるいは熊本電鉄バス「菊池プラザ」行きで約1時間「菊池プラザ」下車タクシーで約5分
楽しみ方:古代山城 八角形鼓楼 資料館(歴史公園鞠智城・温故創生館)


■八代城(続日本100名城)

八代城、本丸天守台
八代城を象徴する四層の大天守が立っていた本丸天守台

八代城(やつしろじょう)は、熊本城を築いた加藤清正の次男、加藤忠広(第2代肥後藩主)が築城。竣工は、元和8年(1622)。熊本城の支城として、肥後南部の八代平野に築城されました。その後、加藤氏が改易。新たに肥後熊本藩主となった細川忠利の父親、細川忠興(ほそかわただおき)が八代城に入城。さらに、細川家の筆頭家老であった松井興長(まついおきなが)が八代城に入城し、以後明治3年(1870年)までの約200年ほどの間、松井氏が治めました。必見は、ひときわ高さがある本丸大天守台の石垣。これは、八代城創建時のものと考えられており、かつては四層の大天守が立っていたとされます。明治期に入ると、本丸跡には八代宮が創建され、石垣の一部が撤去されて参道となりました。大天守台と小天守台のつながりや、細川三斎(忠興)作庭の庭園跡などもみどころです。

所在地:熊本県八代市松江城町7-34
アクセス:JR鹿児島本線「八代」駅から産交バスで約10分「八代宮前」下車すぐ 
楽しみ方:天守台高石垣 近世城郭 庭園跡



■宇土城(キリシタン大名・小西行長が築城)

宇土城、宇土城跡
芝生の公園として整備されている近世宇土城跡

宇土市には、中世宇土城跡と近世宇土城跡があります。加藤清正のライバルとして知られる大名・小西行長によって築城されたのは、近世宇土城です。小西行長はアゴスチイノという洗礼名をもつキリシタン大名で、イエズス会宣教師からは「海の司令官」と呼ばれて信頼されていました。小西行長は1600年に没しますが、その後城は、加藤清正により大改修されたといわれています。しかし、加藤清正の死後に廃城に。さらに、寛永14年(1637)に島原の乱が起こると、廃城となっていた宇土城は再度徹底的に破壊されました。それは、もともとキリシタン大名・小西行長の城下であったため、キリシタン勢力を警戒したのが理由だと考えられています。

小西行長、宇土城
キリシタン大名・小西行長像。近世宇土城の築城と城下町整備を行ったとされる

徹底的に破壊され、不明点が多い宇土城ですが、最近の発掘調査から、現在の城山公園である本丸は、幅約20mの水堀で囲まれており、また二ノ丸や重臣たちが居住したといわれている三ノ丸は、幅約30、40mの大規模な水堀で囲んで防御されていたという報告も。本丸北側に水路で囲まれた家臣屋敷群が整備されていたことも調査で報告されています。

所在地:熊本県宇土市古城町
アクセス:JR鹿児島本線「宇土」駅から徒歩約40分(3km)
楽しみ方:城跡見学 小西行長像 キリシタンゆかりの地


■本渡城(キリシタン武将・天草氏が加藤清正と戦う)

本渡城、本渡城跡、加藤清正
本渡城跡に立つ石碑には加藤清正に攻められたことが記されている

本渡城(ほんどじょう)は、別名本戸城ともいわれ、戦国時代に天草半島を有していた「天草五人衆」の中で、最も勢力を誇っていた天草氏の拠点でした。天正18年(1590)には城主・天草種元(たねもと)と、加藤清正・小西行長らが激しく戦いました。天草種元はドン・アンドレアという洗礼名をもつキリシタンでした。同じくキリシタンの小西行長は戦いに消極的でしたが、加藤清正は激しく攻め立てたと宣教師ルイス・フロイスの『日本史』に記録されています。この戦いで、天草種元は本渡城に籠り、最終的には落城。籠城方は1300人の犠牲を出しました。現在本渡城跡は、殉教公園となり、天草キリシタンの歴史を伝える多くの資料や遺物が展示されている「天草市立天草キリシタン館」が立っています。こちらでは、期間限定で国重要文化財の「綸子地著色聖体秘蹟図指物(りんずじちゃくしょくせいたいひせきずさしもの)(通称:天草四郎陣中旗)」が展示されています。

本渡城、殉教公園
本渡城跡が残る殉教公園からの本渡の町並み

所在地:熊本県天草市船之尾町19-52(殉教公園内)
アクセス:熊本交通センターからバス(快速あまくさ号)で「本渡バスセンター」停留所まで約2時間30分、「本渡バスセンター」からタクシーで約10分 
楽しみ方:城跡見学 キリシタンゆかりの地 資料館(天草市立天草キリシタン館)

古代山城から近世城郭まで、幅広い時代の名城がそろっている熊本県。熊本城を訪れる際には、日本100名城の人吉城、続日本100名城の鞠智城や八代城、また、キリシタンゆかりの城である宇土城や本渡城もあわせてめぐってみてはいかがでしょうか? 

執筆・写真/藪内成基(やぶうちしげき)
奈良県出身。30代の城愛好家。国内旅行業務取扱管理者。出版社にて旅行雑誌『ノジュール』などを編集。退職し九州の城下町に移住。観光PRやガイドの傍ら、「城と旅」をテーマに執筆・撮影。『地域人』(大正大学出版会)など。海外含め訪問城は500以上。知識ゼロで楽しめる城の情報発信を目指す。

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