倭城を歩こう(中井均・加藤理文) 2018年12月スタート!新連載「倭城を歩こう」にあたって(中井 均・加藤理文)

12月から城びと会員の特典として、会員限定記事の掲載を始めます。その第1弾は、なんと中井 均先生と加藤理文先生による新連載! テーマは「倭城」。今回は、連載をはじめるにあたって、中井先生、加藤先生から、そもそも倭城とは何か? どういった内容の連載になるのか、ご紹介していただきました。

新連載「倭城を歩こう」にあたって

中井 均・加藤理文

「倭城(わじょう)」とは、豊臣秀吉が朝鮮出兵(文禄の役(1592~93)・慶長の役(1597~98))に際して、朝鮮半島の南岸を中心に築き上げた豊臣軍の城跡のことです。その数は、現在30ヶ所ほどが確認され、日本の城と同様の石垣や空堀、土塁などが残されています。

かつて大部分の城跡は、山中に見捨てられ、草木に覆われ、登城路すらはっきりしませんでした。しかし、近年は一部の倭城が観光資源として整備され、城門が復元されたり、石垣が積み直されたりして、気軽に訪れることが出来るようになりました。

倭城の一番の魅力は、築城年代が特定できることです。我が国の城とは異なり、その後の再利用や改修の手はまったく入っていません。従って、1592年~1598年という、文禄・慶長時代の城が、そのままの形で残されていることになるわけです。倭城を知れば、より日本の城の歴史も見えてきます。

倭城を歩く
倭城を歩く執筆者2人

そこで、今現在解っている城跡の場所や尋ねるための交通手段、城の歴史や特徴、現況図などを使った「城跡ガイド」編と、「倭城の見方」編として、倭城の歴史、天守、虎口、石垣などを解説する2本立ての連載をスタートさせます。これから倭城へ行ってみたいと思っている方、行かなくても知識として倭城を知りたい方、あるいは日本の城を調べるために、倭城を勉強したいと思っている方、多くの人たちの要望に応えることが出来るような連載にしたいと思っています。

連載は、「お城EXPO 2018」が開催される12月からスタートします。ご期待ください!

熊川城
熊川城の天守台と登り石垣
鎮海湾に突き出た岬の先端、三方を海で囲まれた海抜184mの「南山」に築かれた総石垣の山城で、西生浦城に次ぐ規模を誇っています。文禄2年(1593)小西行長が築いたと言われています。

安骨浦城
安骨浦城北側石塁と東方向天守台を見る
入り組んだ海岸線連続する熊東湾入口東岸から南西に向かって突き出す半島に位置し、半島中央部の標高70mの丘陵鞍部を中心に築かれています。水軍を率いる九鬼嘉隆、加藤嘉明、脇坂安治らが築いたと言われています。近年、樹木が伐採され、非常に見学しやすくなりました。

<執筆者紹介>
中井均先生中井 均
滋賀県立大学人間文化学部教授
NPO法人城郭遺産による街づくり協議会理事長
1955年 大阪府生まれ
龍谷大学文学部史学科卒業。(財)滋賀県文化財保護協会、米原市教育委員会、長浜城歴史博物館館長を経て、2013年から滋賀県立大学人間文化学部地域文化学科教授。
小学5年生から中・近世の城跡探検をはじめ、現在は日本各地の中世・近世城郭の発掘調査・整備の委員を務める。


加藤理文先生
加藤理文
公益財団法人日本城郭協会 理事、学術委員会副委員長
NPO法人城郭遺産による街づくり協議会監事
1958年 静岡県浜松市生まれ
1981年 駒澤大学文学部歴史学科卒業
2011年 広島大学にて学位(博士(文学))取得
(財)静岡県埋蔵文化財調査研究所、静岡県教育委員会文化課を経て、現在袋井市立浅羽中学校教諭

新連載「倭城」を歩くは、今月から連載開始! 毎月第2水曜(「倭城の見方」編)・第4水曜日(「城跡ガイド」編)掲載。「倭城の見方」編、「城跡ガイド」編を中井先生、加藤先生が交互に執筆予定です。初回は12月12日予定。お楽しみに!

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