江戸城ってどこにある? はじめての江戸城見学

江戸城にいらしたことはありますか? 現在は皇居になっているエリアもありますが、実は本丸、二の丸、三の丸の一部が皇居東御苑として一般開放されており、見学することができます。今回は城郭ライターの萩原さちこさんに、江戸城の中心部の特徴と現在見学することができるみどころをご紹介していただきます!


江戸城ってどこにある?

気づけば、1,000人以上の方に江戸城を案内してきました。「江戸城ってどこにあるの?」という質問はここ2〜3年で激減したものの、「皇居東御苑内に足を踏み入れたのははじめて」という方はいまだに多数。そこで今回は、皇居東御苑を中心に江戸城中心部の特徴と見どころをご紹介します。

江戸城は、現在の皇居一帯にありました。西の丸や山里丸などが皇居として使用され、本丸、二の丸、三の丸の一部が皇居東御苑として一般公開されています(皇居内の見学は事前申請手続が必要)。そのほか、北の丸公園になっている北の丸や大手前などを含めた、おおよそ現在の内堀通りで囲まれたエリアが「内郭」と呼ばれる江戸城の中心部にあたります。これだけでも広大ですが、さらに外側は「外郭」で囲まれます。

桜田濠、江戸城
桜田濠。半蔵門前の土橋から日比谷方面まで続き、広いところでは幅100メートルを超える

天下普請で築かれた最高峰の城

国立近代美術館や千鳥ヶ淵あたりの濠沿いにそびえる高い石垣、日比谷通りの濠に沿って並ぶ石垣など、江戸城には立派な石垣がたくさん築かれています。東日本の城に珍しい石垣が築かれているのは、全国の諸大名が徳川幕府の命令で行う「天下普請」で築かれたため。加藤清正や福島正則、堀尾吉晴や加藤嘉明など、豊臣秀吉の城づくりを通して築城技術を磨いた西国の大名も召集されました。築城時のようすを紐解くと、石垣は西国の大名が、堀は土木技術力に長けた東国の大名が担当しています。

江戸城の大きな特徴は、この天下普請によって築かれた城であること、そして徳川将軍が在城した江戸幕府の本城だったことです。最高峰の技術が投じられた江戸城は、幕府の威光を示す存在。そのスケールの大きさと技術力の高さを味わうのがポイントといえるでしょう。

たとえば外桜田門や平川門、田安門や清水門などの城門の規模も、かなりのものです。城門の大きさに規定はなく、これほど巨大な城門が全国各地の城に必ず築かれるわけではありません。背筋が伸びる、幕府の城たる威圧感を感じてみてください。また、現存する三重櫓は本丸の富士見櫓のみですが、かつては城内に計8棟の三重櫓が建ち並んでいました。城内に複数の三重櫓が存在したのは徳川幕府系の城を中心とした大城郭だけ。さぞ圧巻の光景だったことでしょう。

江戸城、清水門、表門、
清水門。1758(宝暦3)年以降、御三卿の清水家の表門となった。創建年代は不明だが、1624(寛永元)年に浅野長晟により再建されたものの、明暦の大火で類焼したとみられる

皇居東御苑のおすすめルートとポイント

皇居東御苑の散策は無料で、3つの出入り口(大手門・北桔橋門・平川門)から自由に出入りできます。入る場所と出る場所が違ってもOKです。2時間程度で主要なところをざっと見るなら、大手門から入って3つの城門(大手三の門、中の門、御書院門)を抜けて本丸へ向かい、富士見櫓、富士見多聞、天守台を見てから汐見坂経由で平川門へと抜けるのがいいでしょう。

城門の近くにある、同心番所、百人番所、大番所にも注目です。番所は城内の要所に置かれ、出入りする人々の管理と監視を行った管理小屋のような建物。大番所には平屋建てで、内部に2〜3部屋が並立し、正面の屋根の下に庇がつきます。同心とは下級武士の役職名で、百人番所には同心とさらに位の高い与力という役職の武士が警護にあたりました。

芝生広場になっているエリアが、本丸御殿が建っていた本丸跡です。参勤交代で江戸城を訪れた諸大名が将軍と謁見をしたのも、「忠臣蔵」でおなじみの松の廊下があったのも、女の熾烈な戦いが繰り広げられた大奥も、この本丸御殿です。

天守は、3度建造されました。初代将軍・徳川家康が1607(慶長12)年に上げた初代天守(慶長天守)、2代・秀忠が1623(元和9)年に建てた2代目天守(元和天守)、3代・家光が1638(寛永15)年に建造した3代目天守(寛永天守)です。家光の築いた寛永天守は巨大で、現存する姫路城(兵庫県姫路市)の天守もはるかに凌ぐ巨大な天守だったようです。しかし、1657(明暦3)年の明暦の大火で焼失し、以後再建されることはありませんでした。本丸北側に残る天守台は、明暦の大火後に積み直されたものです。

江戸城のありがたいところは、明治初年まで存在していたため、古写真が多く残ること。本丸休憩所の壁には明治初期と近年に同じアングルで撮影された写真が並べられていますから、見比べてみるといいですよ。

江戸城、百人番所、検問所、本丸、二の丸
百人番所。本丸・二の丸へ向かう前の検問所。120人の役人が常駐していたと思われる。諸大名はここで改められ、数人のお供を引き連れて中之門へと向かった

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執筆・写真/萩原さちこ
城郭ライター、編集者。執筆業を中心に、メディア・イベント出演、講演など行う。著書に「わくわく城めぐり」(山と渓谷社)、「お城へ行こう!」(岩波書店)、「日本100名城めぐりの旅」(学研プラス)、「戦う城の科学」(SBクリエイティブ)、「江戸城の全貌」(さくら舎)、「城の科学〜個性豊かな天守の「超」技術〜」(講談社)など。「地形と立地から読み解く戦国の城」(マイナビ出版)2018年9月14日発売、「続日本100名城めぐりの旅」(学研プラス)2018年9月18日発売。ほか、新聞や雑誌、WEBサイトでの連載多数。公益財団法人日本城郭協会理事兼学術委員会学術委員。

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