城:縄張から普請まで 織田信長の城・安土城 第5回 | 安土城を築いた工人集団

日本城郭協会理事  加藤理文先生による「城:縄張から普請まで」をテーマにした講座、安土城編。今回は、安土城を築いた工人集団について。

天正7年(1579)5月、信長は安土山麓の居館から、完成した天守に移り住む。築城開始から3年以上の歳月が過ぎていた。同時代としては、異例の長期に渡る大築城工事であったにも関わらず、工事に携わった工人のうち、名前が判明しているのは、金具師の後藤光乗(ごとうみつのり)、躰阿弥永勝(たいあみながかつ)、大工頭岡部又右衛門(おかべまたえもん)・宗光父子、塗師刑部(ぎょうぶ)、銀細工師宮西遊左衛門(みやにしゆうざえもん)、絵師狩野永徳(かのうえいとく)・光信父子、職人頭竹尾源七で、村松某、新七とあるが両人が何をしたのかははっきりしない。

名古屋城、本丸表書院、一之間、御上段之間
名古屋城本丸表書院、一之間と御上段之間。安土城も、このような障壁画で飾られていた

『信長公記』には、京都、奈良、堺に在住する大工、諸職人を招集し、安土築城に当たらせたとある。氏名が判明する職人は、朝廷や幕府関係の仕事に従事しており、その他氏名が判明しない職人たちも、寺社関係や有力商人に関わる仕事に従事していたと考えられる。名前のない職人集団は、石垣を築く石工集団や、金山衆、木地屋、鍛冶職人などである。概ね土木工事にあたる普請に従事した職人集団は、下位扱いで名前さえも把握されていなかった。また、瓦職人についても、「瓦、唐人の一観に仰付られ、奈良衆焼き申すなり」とあるだけで、その氏名は記されていない。だが、こうした名の無い工人集団こそが、城の基礎をなす工事を請け負っていたのである。

安土城、金箔瓦
復元された金箔瓦。軒は、すべて金箔瓦であった

このように職人として下位と見られていた工人集団は、この時期どのように統制されていたのであろうか。天正4年(1576)11月11日付の信長朱印状を見ておきたい。そこには、「製材作業者の今年の勤労奉仕の内容、鍛冶職人が鍛冶のための炭の徴収を認めること、桶・屋根葺き・畳職人などの職人に対する税金免除をし、替わって領国内の建物を建てたり修理したりすることとする」と記され、信長が職人集団を統制していたことが判明する。

また、本能寺の変後に、信長の後継の地位を確実にした羽柴秀吉は、天正11年(1583)8月5日付で近江国内の職人、鍛冶番匠・大鋸引・屋根葺・畳指・銀屋・塗師・桶結いに対し先例によってすべての税金を免除するという許可書を与えている。税金免除の特権を与えることによって領国内に職人を留め、または他国から職人を集めようとしたのであろう。支配下組織化こそしないものの、常に国内に職人集団を抱えて置くことこそが重要であったことを示している。

乱れた戦国の世にあって、従来からの伝統的な技術を保持する職人集団は、将軍や寺社からの支配を離れ、純粋に商業上の利権を求める集団に変化せざるを得なかった。新興の戦国大名や商人などの求めに応じ、さまざまな場所で仕事を請け負わなければ生活できなくなっていた。信長の求めに応じたのは、当代きっての職人集団で、信長は、これらの職人を一同に集め掌握し、やがて信長直属の工人集団として把握していく。革新的で斬新な城というイメージが先行する安土城だが、実際に築城に携わったのはこうした旧来からの伝統的な技術を把握している職人集団であった。漆と金という、我国が誇る伝統的素材を惜しみなく使用するだけでなく、あらゆる技術を駆使し、内外ともに贅を尽くした芸術作品こそが安土城であった。それまでの軍事一辺倒で、無粋極まりなかった城は、安土城の完成によってこの時代を代表する芸術作品として生まれ変わったのである。

安土築城というプロジェクトは、伝統的な工芸技術だけにとどまらず土木技術の再編をうながし、城郭技術者集団として再編再生させるきっかけとなった。こうした集団は、後に江戸幕府や大名お抱えの技術者集団と発展していく。信長こそ、我が国の伝統的技術を再生させ、次世代へと発展継承させた中興の祖なのである。

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加藤理文(かとうまさふみ)
公益財団法人日本城郭協会 理事、学術委員会副委員長
NPO法人城郭遺産による街づくり協議会監事
1958年 静岡県浜松市生まれ
1981年 駒澤大学文学部歴史学科卒業
2011年 広島大学にて学位(博士(文学))取得
(財)静岡県埋蔵文化財調査研究所、静岡県教育委員会文化課を経て、現在袋井市立浅羽中学校教諭

著書 『織豊権力と城郭-瓦と石垣の考古学-』高志書院 2012年
   『江戸城を極める』サンライズ出版 2014年
   『織田信長の城』講談社現代新書 2016年
   『静岡県の歩ける城70選』静岡新聞社 2016年
   『日本から城が消える』洋泉社歴史新書 2016年 等多数

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