戦国武将と城|小和田哲男 <豊臣秀吉と城>第1回 羽柴秀吉が小谷城から長浜城に移ったのはなぜか

今回から歴史をさかのぼらせる形で羽柴秀吉、すなわち豊臣秀吉と城についてみていくことにしたい。織田信長が妹お市の方の夫である北近江の戦国大名浅井長政と敵対することになったのは、元亀元年(1570)4月の信長による越前朝倉攻めのときからである。このとき、越前に攻め込んだ織田軍の退路を断つ形で長政が反旗を翻したため、信長は這這の体で京都に逃げもどり、態勢を整え、その報復の戦いをしかけてきた。同年4月28日の姉川の戦いである。

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