超入門! お城セミナー 超入門! お城セミナー 第11回 |【構造】:日本一高い天守は何城?

初心者向けにお城の歴史・構造・鑑賞方法や、お城の用語など、ゼロからわかりやすく解説する「超入門!お城セミナー」。今回のテーマは天守の高さ。古今東西どの城の天守が一番だったのでしょうか?

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西の丸から見た姫路城(兵庫県姫路市)の天守。石垣と天守をあわせると約46mの高さとなる

天守が一番高い城はどこだ?

城の顔といっても差し支えない天守ですが、外観の美しさ、建築の古さ、破風や懸魚の彩りなど天守を測る物差しはそれぞれです。そこで今回は「高さ」をテーマにしぼってお話します。ここでいう高さとは、天守台(石垣)を抜いた天守建造物のみを指します。では、比較してみましょう。

Q)「現存天守」といわれる12天守の中で、どの城の天守が一番高いでしょうか? 

答えはずばり姫路城(兵庫県)の大天守です。国宝かつ世界遺産に選ばれたこの城の天守の高さは約31.5m。平成の大修理で築城当時の白く美しい姿に蘇りました。ちなみに、奈良の法隆寺五重塔とほぼ同じ高さです。

第2位は黒くて渋い外観を持つ松本城(長野県)の約25m。第3位は平成27年(2015)に国宝指定された松江城(島根県)の約22.4mです。なお、最も低い天守は、備中松山城(岡山県)の約11mとなっています。ちなみに、備中松山城の天守は430mの山頂に築かれており、最も低いけれど最も高い位置にある天守でもあります。

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雲海に浮かぶ備中松山城(岡山県高梁市)。秋から春にかけて、条件がそろえば早朝に見ることができる(一般社団法人 高梁市観光協会提供)

江戸城天守は自由の女神とほぼ同じ高さ

Q)では、現存しない、失われてしまった天守を含めるとどの城が一番高いでしょうか? 

答えは江戸城(東京都)です。江戸城には徳川家康が造った慶長度天守、2代秀忠が造った元和度天守、3代家光が造った寛永度天守の3つがありました。

残念ながら江戸城天守は明暦の大火で燃えてしまい、以降、建て直されることはありませんでした。慶長度天守と元和度天守の高さは資料が残っておらず、正確な高さはわかりませんが、寛永度天守は図面が残されており、それによると約44.8mの高さを誇っていたことになります。これは、自由の女神(台座からトーチまでが約46m)とほぼ同じ高さです。

天守台を含めると約59mの高さとなり、360年前の江戸では、町中どこからでも城が見えたことでしょう。ちなみに三大天下人の城では、織田信長が築いた安土城(滋賀県)の高さが約32m、豊臣秀吉が築いた大坂城(大阪府)は約40mといわれています。

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他の建造物と天守の高さ比べて見た。ちなみに現時点で世界一高い木造ビルは、カナダのブリティッシュコロンビア大学の学生寮、約50mという

Q)最後に、再建された天守の中ではどの城が一番高いでしょうか? 

約41.5mの大阪城です。現在の大阪城は豊臣秀吉時代の外観と、徳川期の外観を混ぜたつくりになっており、忠実に復元したとはいえないのが惜しいところです。なお、徳川期の大坂城天守は約44mでした。

第2位は約36.1mの名古屋城(愛知県)です。空襲で焼失してしまったため、戦後に再建されたコンクリート造りの天守ですが、写真や図面を元にほぼ焼失前の姿になっています。現存していれば姫路城より大きかったことになります。

第3位は約33mの島原城(長崎県)です。明治時代に建物などが解体されましたが、昭和に天守が再建されました。古写真が残っておらず、古図などを参考に再建したため、どこまで忠実に再現された天守なのかは不明です。


執筆・写真/かみゆ歴史編集部
「歴史はエンタテインメント!」をモットーに、ポップな媒体から専門書まで編集制作を手がける歴史コンテンツメーカー。手がける主なジャンルは日本史、世界史、美術史、宗教・神話、観光ガイドなど歴史全般。主な城関連の編集制作物に『日本の山城100名城』『超入門「山城」の見方・歩き方』(ともに洋泉社)、『よくわかる日本の城 日本城郭検定公式参考書』『完全詳解 山城ガイド』(ともに学研プラス)、『戦国最強の城』(プレジデント社)、『カラー図解 城の攻め方・つくり方』(宝島社)、「廃城をゆく」シリーズ(イカロス出版)など。

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