城と光秀|小和田哲男 第6回 宇佐山城から坂本城へ

元亀元年(1570)6月28日の姉川の戦いで織田・徳川軍に大敗を喫した浅井・朝倉連合軍は、信長が摂津に進軍した様子をみて、石山本願寺の顕如と結び、同年9月16日、3万の軍勢を率いて近江の坂本まで進んできた。
「浅井・朝倉軍に京を占領されたら面倒なことになる」と考えた信長は急遽、兵を近江にもどし、浅井・朝倉軍と対峙することになった。信長生涯最大の危難ともいわれる志賀の陣のはじまりである。
そのころの信長方の拠点になっていたのが宇佐山城(大津市錦織町字牛尾)で、城を守っていたのは信長家臣の森可成(よしなり)である。

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