理文先生のお城NEWS解説 第19回 羽衣石城攻防戦の城2

前回は、羽衣石(うえし)城(鳥取県)の南方、地元で「たいこうがなる」と呼ばれる十万寺山(じゅうまんじやま)(標高約423m)山頂部と、北側対岸の地元では番城(ばんじろ)と呼ばれ標高は413mの山上に城郭遺構が残っていることをまとめました。この二つの城が、毛利氏と織田氏が争った段階の陣城(じんじろ)と考えられるため、羽衣石城と南条氏を中心に、この地域の歴史にも触れました。大筋が、解っていただけたでしょうか。

今回は、十万寺山城と番城の構造をまとめ、誰がいつ何のために築いたのかを考えてみたいと思います。

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